(ここまで来たら、雪ちゃんのためにも紅天楼のためにも精いっぱいできることをやろう)
色々と思うことはある。でも、いつまでも後ろ向きなことばかり考えていても仕方がない。
吉乃はなにより、応援してくれた白雪の想いに報いたかった。
「ふぅ……」
「吉乃さん、大丈夫ですか?」
と、溜め息に気づいた琥珀が、吉乃のことを振り返った。
「今日は初めて吉乃さんひとりでお客様のお相手をするのです。緊張して当たり前ですよ」
琥珀はそう言うと、吉乃の心を落ち着けるように優しく微笑む。
「大丈夫です。約一カ月半、吉乃さんが寝る間も惜しんで稽古や勉強をしてきたこと、紅天楼のみんなが知っていますから」
「琥珀、さん」
吉乃はもうすぐ突き出しをして、紅天楼の正式な遊女になる。
そのためにも今、立ち止まるわけにはいかないのだ。
(雪ちゃんだってああ言ってくれていたし、琥珀さんもクモ婆も気にするなと言ってくれたんだから)
もう吉乃がどう立ち回ろうとも、禅との水揚げが覆ることはない。
ならば、いっそ白雪への罪悪感は心の奥に閉じ込めて蓋をし、これから会う水揚げの相手である禅と向き合うべきだと、吉乃は改めて自分自身に言い聞かせた。
「吉乃、禅殿がおいでだよ」
正面玄関で禅の登楼を待ち構えていた吉乃は、クモ婆に声をかけられ、弾かれたように顔を上げた。
慌てて背筋を伸ばす。
すると次の瞬間、ふわりと暖簾が揺れ、周囲の空気が変わった。