* * *


「さぁ、これでいいだろう」


水揚げの話をされた翌日。

吉乃はクモ婆に言われるがまま、帝都で一、二を争う大店の主人、烏天狗の禅を迎える準備を整えた。

長く伸びた髪を結い、艶やかな色打掛に身を包んだ吉乃はどこからどう見ても帝都吉原の遊女だ。

つい一カ月半前に、大蜘蛛に狙われたときのみすぼらしい様相が嘘のよう。

と、姿見に映った自分を眺めながら吉乃が物思いにふけっていると、後ろからひょっこりと絹と木綿、白雪が顔を出した。


「よ、よ、よ、吉乃しゃまぁ!」

「本当に天女、いや女神しゃまのようで、オイラも絹も、まぶしすぎて直視することができませぬぅぅ!」


大袈裟に褒められて、吉乃は返す言葉に困ってしまった。


「わぁ、吉乃ちゃん、ふたりが言う通り、すっごく綺麗! 禅様もきっと吉乃ちゃんを気に入るよ!」


白雪の大きな目も輝いている。

昨日、鈴音から事実を聞かされたあと、吉乃は白雪に対して頭を下げたのだが、白雪はあっけらかんとした様子で吉乃の肩を軽く叩いただけだった。


「雪ちゃん、やっぱり私……」

「あ、もう! ほら、そんな顔しないで。私のことは気にしないでって昨日も言ったでしょう?」

「でも……」

「大丈夫。吉乃ちゃんはなにも悪くないんだから。今は自分がやるべきことに集中しなきゃ。私たちは、この見世の遊女になるんだもの」


そう言うと白雪は、ニッコリと笑って目を細める。

そっとまつ毛を伏せた吉乃は「ありがとう」と呟くと、自身の胸に手をあてた。


「──吉乃さん、そろそろお時間です」

「あ……はい。今行きます」

「吉乃ちゃん、頑張ってね!」

「吉乃しゃま! 絹と木綿も応援しておりますゆえ!」


去り際にも、白雪は吉乃の背中を押してくれた。

吉乃はゆっくりと足を前に踏み出すと、呼びに来た琥珀に続いて吹き抜けの回廊を歩いた。