「私、全然知らなくて……。本当に、すみません」


自分の大切な妹分の水揚げの相手を、嫌々引き受けた妹分に奪われたら不愉快に決まっている。

吉乃は鈴音だけでなく、白雪に対しても申し訳ない気持ちになった。

吉乃さえいなければ、白雪は誰もが認める上客を水揚げの相手にしてもらい、遊女として最高の幕開けを飾ることができたのだ。


「あ、あのっ。それでしたら私、水揚げは別の方でも──」

「いやいや、待ってください。そのことについては既に白雪さんにも説明済みで、了承も得ています。だから吉乃さんが気に病むようなことはないのですよ」

「そうだよ、鈴音。余計なことを言って話を拗らせるんじゃないよ。吉乃に否がないことくらい、あんただってわかってんだろ。これ以上突っかかる気なら、この部屋から出ていきな!」

「ふんっ!」


琥珀のみならず、クモ婆にも強く非難された鈴音は、肩を怒らせたまま踵を返した。

そうして吉乃の方を見ることもなく、本当に部屋を出ていってしまった。

対する吉乃は肩を落として俯いた。

(鈴音さんからすれば、そもそも私みたいな甘ったれが一目置かれていること自体、許せないんだろうな)


「まぁ、吉乃、そういう話だけどさ。水揚げは二週間後だ。でも、その前に禅殿が一度あんたの顔を見たいって言うもんでね。明日の夜、登楼してくれることになってる。色々思うところはあるだろうが、あんたは自分がやるべきことをしっかりやりな」


クモ婆はそう言うと、吉乃の背中をポン!と叩いた。


「でも、なにか不安なことがあれば、いつでも言いなよ。私はあんたの味方だからね」


クモ婆は吉乃が落ち込んだり、下を向きそうになると、いつもこうして励ましてくれる。

吉乃の稽古にもクモ婆は根気良く付き合ってくれるのだ。


「いつも本当に、ありがとうございます」

「いいってことよ。あんた、見目も悪くはないんだ。それに、その目。薄紅色の瞳が珍しいって、よく言われるだろう? あんたは人よりも多くの武器を持ってるんだから、全部有効活用しないと損だよ!」


またポンと背中を叩かれた吉乃は、膝の上で握りしめた拳に力を込めた。

(期待に応えるためにも、早く一人前にならないと)

蛭沼のときのような悔しい思いはもうしたくない。

そう考えた吉乃は改めて、自分自身に『頑張ろう』と言い聞かせた。