「あの、それはもう決定事項なんですよね? 私、本当に禅さんと──」

「まさか、今さら怖気づいたの?」


そのときだ。唐突に扉が開いたと思ったら、仕事終わりの鈴音が顔を出した。

驚いた吉乃が綺麗な顔を穴が開くほど見ると、鈴音は厳しい目で吉乃を睨んだ。


「あんたにひとつ、いいことを教えてあげる。禅様にはね、本来ならあんたじゃなくて白雪の水揚げの相手をしていただく予定だったのよ」

「え……」

「す、鈴音さん、その話は──!」

「でもね。異能のことやその他諸々と、咲耶様のおかげで予想以上にあんたの市場価値が上がったから、仕方なく禅様にあんたをお願いすることになったってわけ。そもそも琥珀さんがあんたを私の妹分にしたのも、一番の理由はあんたに箔をつけるためだったのよ」


鈴音の話はこうだ。

水揚げの相手が地位と名声のある上客なら、吉乃についた価値を落とさずに済むので、禅が抜擢されたということだった。

そして、琥珀が吉乃を鈴音の妹分に推したのも、〝鈴音花魁の妹分である〟ということも吉乃の売りになると見込んでのことだったのだ。

(私、全然気がつかなかった……)

結局、ここでは如何に駆け引きを上手くやるかも生き残る条件のひとつになる。

それは遊女のみならず、(しのぎ)を削り合う遊女屋の経営者たちにも言えることだった。


「だから、あんたは今回のことを感謝こそすれ、意義を申し立てるなんて絶対に許されないの」


思いもよらない話を聞かされた吉乃は、顔色を青くして返す言葉を失った。

琥珀の思惑はともかく、白雪は幼い頃から紅天楼で遊女としての英才教育を受けてきた子だ。

将来の花魁候補としても大きな期待をされていて、鈴音が妹分としてとても可愛がっているのを吉乃も知っている。

だからこそ、鈴音が吉乃に怒るのも当然だ。

もしかすると鈴音は、吉乃が紅天楼に来たときからこうなることを予想していて、自分に辛く当たっていたのかもしれないと吉乃は思った。