――吉乃は、遊女としてどうなりたいのか。
養父母に売られて帝都吉原にやってきた吉乃は、自分が遊女になってどうしていきたいのか、これまで具体的に考えたことはなかった。
当然のように自分が遊女として上を目指そうなどと考えたことはなく、花魁など口にすることすら烏滸がましいと思っていた。
今日まで吉乃が真面目に稽古に励んできたのも、紅天楼に配属された以上、紅天楼の名に恥じない遊女になれるようにと思っていたからだ。
(でも、本当にこのままでいいのかな……)
今の気持ちのまま突き出しを迎えてもいいのか。
咲耶の言葉を聞いて、吉乃は迷いはじめていた。
けれど考えても考えても答えは見つからず、時間だけが足早に過ぎていった。
* * *
「吉乃。あんたの水揚げの相手が決まったよ」
その日、夜見世が終わったあとで琥珀とクモ婆に呼び出された吉乃は、初めて紅天楼に訪れたときに通された部屋で、一世一代の報告を受けた。
「お相手は帝都でも一、二を争う大店、葦後屋の主人、烏天狗の禅殿です」
「烏天狗の禅、さん?」
「ああ。禅殿は小僧の頃こそ、まぁ女遊びの激しい奴だったが、葦後屋を正式に継いでからはめっきり大人しくなって落ち着いた。女の扱い方もよく知っていて乱暴もしないし、融通の利く奴だから水揚げの相手としては最適さ」
断言したクモ婆は、ふふんと鼻を鳴らして、ちゃぶ台の上に置かれた湯呑みに口をつけた。
「禅殿にも、ご快諾いただきました。既に吉乃さんの噂を耳にしており、ご興味を持ってくださっていたようです」
「そうなんですね……」
実に有り難い話だ。
けれど吉乃は、また複雑な気持ちになった。
遊女である以上、初魂の儀――水揚げは絶対に成功させなければならない試練のひとつ。
頭ではわかっているが、いざ具体的に話が進むと、また大きな不安が心に芽生えた。