「なぁ、この子が噂の遊女かい?」
吉乃が、がしゃ髑髏と切見世長屋の遊女に攫われた事件から、早半月と少しが過ぎた。
あのあと、事件の話は瞬く間に帝都吉原内に広まり、吉乃は以前に増して一目置かれる存在となった。
『異能持ちの遊女ってだけでも注目の的なのに、この短期間で三つの事件に関わったんだ。いい意味でも悪い意味でも、突き出し前の宣伝になったかもねぇ』
クモ婆はそう言って豪快に笑ったが、吉乃の気持ちはなんとも複雑だ。
「流石に鈴音花魁には敵わないが、なかなか綺麗な子じゃないか」
「ありがとうございます。約一カ月半後にはお客をとれるようになりますので、これからもどうぞ紅天楼をご贔屓ください」
馴染み客の見送りのために頭を下げた琥珀の瞳には、ちゃっかり銭の字が浮かんでいる。
その隣で頭を下げた吉乃は、やはり複雑な気持ちで近く訪れるだろう自分の未来に思いを馳せた。
(あと約一カ月半後には私は十八になって、紅天楼の遊女としてお客をとるようになるんだ)
この一カ月半と少しの間、基礎と呼べるものは徹底的に叩き込まれた。
寝る間も惜しんで稽古の復習を、詰め込めるだけの知識を頭の中に詰め込んできたつもりだ。
ただ、突き出しが近づくにつれ、胸に生まれた〝とある思い〟が膨らんでいくことが、吉乃はずっと気になっていた。
『ここでは、下を向いてばかりいては、決して高みは目指せない。帝都吉原では背筋を伸ばし、凛として歩く者こそが〝美しい〟んだ』
『俺はお前が遊女になるのは嫌なのに、そうして背筋を伸ばして歩く姿を見たいような気もする』
それは、先日のがしゃ髑髏の事件のあと、吉乃が咲耶に言われた言葉だ。