「でも、吉乃さんになにかあったとしても、すぐに咲耶様がかけつけてくれるのであれば安心ですが」

「……ああ。どっちにしろ紅天楼にいれば安全だ。なんてったって、ここには吉乃を襲った下級妖みたいなのは入ってこられないんだからね」


吉乃の不安を察したふたりは、そう言うと曖昧な笑みを浮かべた。

対する吉乃はなんと返事をすれば良いのかわからず、とんぼ玉の入った巾着に手を添えた。

(本当に大丈夫……なのかな)


「しかし念のため、しばらくは外出を控えた方がいいかもしれません。もちろん今日のように出かけたい場合も絶対に許可しないわけではないので、気軽に相談してくださいね」


琥珀の言葉を聞いた吉乃は小さく頷くと、美しく咲き誇る桜の姿を頭の中に思い浮かべた。

(また、しばらくあの桜を見られないのは残念だけど……)

こればっかりは仕方がない。


「色々とご心配をおかけして、本当に申し訳ありません」


吉乃は琥珀たちに改めて頭を下げたあと、もう一度白雪にお礼を言おうと白雪に目を向けた。

と、白雪は鈴音が消えていった廊下を、未だに熱心に眺めていた。


「雪ちゃん?」

「え……あ。ご、ごめんね。ちょっとボーっとしちゃって」


また吉乃の胸に違和感が過る。

心なしか白雪の顔色が悪いように見えるのも、吉乃の思い過ごしだろうか。


「雪ちゃん、大丈夫──」

「さぁ! あんたたち、夜見世の準備をはじめるよ! 吉乃、あんたは稽古の続きがあるから私についておいで」


けれど、大丈夫?と尋ねようとした吉乃の言葉は、クモ婆に遮られてしまった。

結局その後も特に白雪に声をかけることはできず、吉乃たちは忙しさに追われた。