「いつになったら、私の座敷に上がっていただけるのですか?」

「花魁からそのような誘いを受けるのは光栄だな。しかし、お前も知っての通り、俺は今のところどの遊女の座敷にも上がるつもりはない。蛭沼の件で作った借りは、また別の方法で返させてもらおう」


鈴音に対してここまで毅然とした態度をとる者は珍しい。

大抵は鈴音を前にしたらのぼせ上がるのに、やはり咲耶だけは違っていた。


「ああ、だが、鈴音は今、吉乃の面倒を見てくれているのか」

「え? ええ、まぁ、そうですが……」

「ならば、引き続き吉乃のことをよく見てやってくれ。これからも、よろしく頼む」


そう言うと咲耶は吉乃を見て微笑んだあと、踵を返して行ってしまった。

鈴音を一度も振り返ることもなく。

残された者たちの間には微妙な空気が流れ、絹と木綿については怯えた様子で、吉乃の足にしがみついていた。


「……ハァ。ほんっと、食えないわね」

「え?」

「まぁ、いいわ。少し、ひとりにしてちょうだい。夜見世の時間まで、誰も部屋には近づけないで」


そう言うと鈴音はさっさと行ってしまう。

一瞬、その場は嵐が去ったような静けさに包まれたが、重鎮であるクモ婆がその沈黙をすぐに破った。


「ま、まぁまぁ。なんにせよ、吉乃が無事でよかった」

「でもまさか、こうも簡単に吉乃さんに手を出すものが現れるなんて、命知らずとしか思えません」


続いたのは琥珀だ。

難しい顔をしている琥珀は、心に引っ掛かりを覚えているような様子だった。


「普通であれば咲耶様が関わっている遊女というだけで、吉乃さんの身を危険に晒そうと考える者はこの帝都吉原にはいないはずです」


それほど、帝都吉原での咲耶の力は絶大なものなのだ。

それなのに今回、下級妖や切見世長屋の遊女が安易に手を出すとは、普通であれば考えられないことだった。


「命知らずにも程があります」

「まぁ、それだけ吉乃の力が魅力的だってことだろう。命知らずが現れてもおかしくはないさ」


クモ婆が琥珀に答える。

改めて自分の惚れ涙の恐ろしさを告げられて、吉乃は身を硬くした。