「俺はお前が遊女になるのは嫌なのに、そうして背筋を伸ばして歩く姿を見たいような気もする」
「私が、遊女として背筋を伸ばして歩く……」
「まぁ、矛盾しているがな。――大丈夫だ。吉乃は見目が可愛らしいだけでなく、魂がとても清らかだ。なんと言っても、俺の花嫁だしな」
また咲耶は吉乃のことを『俺の花嫁』だと言った。
(咲耶さんは遊女になった私の身請けも、考えているということなのかな……?)
「あ、あの、咲耶さん」
「どうした?」
「いえ……やっぱり、なんでもありません。大丈夫です」
吉乃は咄嗟に言いかけた言葉を飲み込んだ。
なんとなく、咲耶に尋ねるのが怖かったのだ。
「大丈夫ならいいが、なにかあればいつでも言えよ? また素っ気ない態度をとられたら堪らないからな」
「は、はい」
「わかればいい。では名残惜しいが、そろそろ帰るとするか。紅天楼まで送ってやろう」
そうして咲耶は吉乃の手をとると、またなにかを唱えはじめた。
そうすれば吉乃と咲耶の身体が薄紅色の光に包まれ、宙に浮いた。
「あ……」
気がつくと吉乃は紅天楼の前にいた。
「よ、吉乃しゃまぁ!」
「ご無事でなによりでございますぅ!」
紅天楼に帰ると、楼主の琥珀と絹に木綿、白雪とクモ婆が、吉乃の無事を喜んだ。
吉乃が「ご心配をおかけしてすみません」と謝ると、ことの経緯を咲耶が説明してくれる。
「神威を通して後々正式な報告をするが、切見世長屋の遊女と、がしゃ髑髏に連れ去られていた」
「切見世長屋の遊女と、がしゃ髑髏に?」
聞き返したのは琥珀だ。
琥珀は眉間にシワを寄せ、表情に怒りを滲ませた。
「先ほど部下には式神を飛ばし、遊女から詳しい話を聞くようにと伝えてある」
「え……。その場で粛清はなさらなかったので?」
「ああ、がしゃ髑髏の方は消したが、遊女に関しては吉乃が望まなかったため処分を保留にして生かしてある」
咲耶の返事を聞いたクモ婆は、なにやら深刻そうな顔で俯いた。