「その話は迷信ではなく、本当の話だ」

「え?」

「ただし、他者の心を手中に収めるといった願いは叶えられないと聞く。だからこそ、他者の心を魅了する力を持つ吉乃の惚れ涙は狙われるのだ」


予想外の返事に驚いた吉乃は、返す言葉を失った。

(本当だったんだ……)

花魁になれば、ひとつだけ願いが叶う。

嘘みたいな話だけれど、咲耶が本当だと言うのなら、疑う余地はない気がした。


「なんだ、以前はあんなに怯えていたのに、今はお職を目指しているのか?」

「へ?」

「俺としては、いい気はしないが……。吉乃が望むのならば、それも仕方がないのかもしれないな」


そう言うと咲耶は吉乃の長い髪をすくって、指で遊んだ。

しかし、その顔はまた心なしか拗ねているようにも見える。

思わず吉乃の頬が赤く染まったのは、耐えがたい羞恥心に駆られたからだ。


「ま、まさか! 私が花魁になど、なれるわけがありません!」


鈴音は誰が見ても目を奪われる、美貌の持ち主だ。

白雪も言っていた通り、花魁になるべくしてなったような女性。

知識も豊富で、芸事にも秀でている。どう足掻いても自分が鈴音ほどの遊女になれるはずもないのに、今の言葉で自分が花魁を目指していると思われたのだと考えると、吉乃は恥ずかしくなった。


「私のような女が紅天楼にいることすら、恐れ多いですから」

「恐れ多い、か。吉乃、お前にひとつ良いことを教えてやろう」

「良いこと……?」

「ああ。ここでは、下を向いてばかりいては、決して高みは目指せない。帝都吉原では背筋を伸ばし、凛として歩く者こそが〝美しい〟んだ」


光に透けた銀色の髪が、薄紅色に濃く染まる。

背の高い咲耶を見上げると自然と背筋が伸びて顎が上がり、いつもよりも胸を張れるような気がした。