「吉乃には、桜の花がよく似合うな」


桜の花を手にした咲耶は、吉乃の前髪の横にそっとさした。

吉乃の胸は今、早鐘を打つように高鳴っている。

さらに捕まえた花びらを吉乃の手のひらにのせた咲耶は、その手に自身の手を優しく重ね合わせた。


「案外、地獄で長生きするのも悪くないな」

「え?」

「この桜も今、俺と同じ気持ちでいることだろう」


そう言って柔らかに微笑む咲耶は、とても満ち足りた表情(かお)をしていた。

吉乃は咲耶の言葉の真意が掴めなかったが、咲耶の笑顔を見ていたら多くを尋ねる気にはなれなかった。

(こんなに嬉しそうにしている咲耶さんに、水を差したくないというか……)


「吉乃、今の俺の答えで納得してくれたか?」


しかし改めて尋ねられると、また胸がくすぐったい気持ちになる。


「さ、咲耶さんの気持ちはよくわかりました。でも……鈴音さんが、咲耶さんの花嫁に志願された場合はどうですか?」

「鈴音が俺の花嫁に?」

「……はい。だって、咲耶さんは蛭沼様の一件のお礼に、鈴音さんの座敷に上がるかもしれません。そうなったら鈴音さんの魅力に気付いて、心が揺れてしまうかもしれないです」


今度は吉乃が唇を尖らせた。

『残念ですが、色恋沙汰に〝絶対〟はないでしょう?』

それは鈴音が蛭沼に対して告げた言葉だが、あのとき鈴音は咲耶と吉乃を揶揄して言ったようにも思えた。


「鈴音さんに誘惑されたら咲耶さんだって、心変わりしてしまうかも」


と、吉乃のその言葉を聞いた咲耶は、


「吉乃は、帝都吉原の遊女たちがどのようにしてここにやってくるか知っているか?」


不意にそう言うと、まつ毛を伏せていた吉乃の顔を覗き込んだ。


「遊女は、吉乃のように売られてきた者も多いが、自ら志願して来た者も多くいる」


帝都吉原の大門をくぐる女たちには、二通りの人間がいる。

ひとつは吉乃のように、自分の意にそぐわぬ形で売られてきた女。

そしてもうひとつは、自ら望んで遊女という道を選んだ女だ。

一時代前までは前者が一般的であったが、元号を大正に改めた現在では後者も珍しくなくなっている――という話は、以前に吉乃も聞いたことがあった。


「理由は、人ならざる者の花嫁となり、絶大な権力に護られながら裕福な暮らしをしたいと望む人の女が増えたためだ」


帝都吉原にやってくる妖や神の中には、現世政府の中枢にも手が届くほどの強い力を持つ者もいる。

彼らは帝都内でも権威ある立場の者ばかりで、見目麗しい容姿をしている者も多かった。