「しかし、これではまた吉乃の機嫌を損ねてしまいそうだな。とりあえず、ひとつ誤解を解くなら、俺は任務としてお前を護ると言ったわけではないからな」

「え……」


そのとき、再び風が吹いて、桜吹雪がふたりを包み込んだ。

薄紅色に染まる美しい世界には今、吉乃と咲耶のふたりきりだ。


「今のは、一体どういう意味ですか……?」

「俺はひとりの男として、吉乃を護りたいと思っているということだ。それに、後にも先にも、俺の花嫁となりうるのは吉乃だけだから安心しろ」

(ひとりの男としてって――)

「確かに蛭沼の件は鈴音の客ということもあり、神威の将官として鈴音に協力を要請した。しかし、俺が男として欲する女性は吉乃だけだ。絶対にな」


桜の木と同じく、吉乃の胸がまた小さくざわめく。

吉乃を見つめる咲耶の目は情愛に満ちていて、逸らすことができなかった。


「ふっ。そうか。嬉しいと、こんなにも気持ちが高揚(こうよう)するのだな。初めての経験だ」


そう言う咲耶は、これまでに見たこともないくらいの無邪気な笑みを浮かべていた。


「やはり、俺をこんな気持ちにさせてくれるのは花嫁である吉乃だけだ」


咲耶は、なぜそこまで吉乃を花嫁だと言い切り、情熱的な言葉をくれるのか。

人ならざる者にしか感じられないという波長がそう判断させると言われてしまえばそれまでだが、咲耶からは吉乃に対するもっと別の強い想いのようなものを、吉乃は感じていた。


「今、この瞬間(とき)だけは、吉乃は確かに俺だけのものだ――」


言いながら、咲耶が吉乃の髪を優しく撫でる。

と、そのとき、咲耶の薄紅色の髪に桜の花びらが落ちてきたと思ったら、それは小さく光って、咲耶の髪に吸い込まれた。


「い、今、桜の花びらが咲耶さんの髪に――!」

「……ああ。この桜は帝都吉原を守る神木なんだ。不思議な力があってもおかしくはないだろう?」


言いながら咲耶は落ちてきた桜の花びらを捕まえ、柔らかに目を細めた。

不思議な力がある――そう言われると、吉乃はそれ以上のことを尋ねられなくなってしまう。