「そ、それは……」
「なにか吉乃の気に障るようなことをしたかと考えたのだが、思い当たらなかった」
そう言った咲耶は、どこか拗ねたような表情をしていた。
咲耶は吉乃が自分と目を合わせなかったことを、思いの外、気に病んでいたらしい。
まさか咲耶がそんなことを気にしているとは思わなかった吉乃は、意外そうに咲耶を見た。
「咲耶さんでも、そういう顔をするんですね……」
「そういうお前はこちらの気も知らず、呑気なものだな。……それで、なにを怒っていたんだ。理由を言うまで、俺はお前を紅天楼に帰す気はないからな」
咲耶は本気だ。
吉乃はなにを言えばいいのか悩んだあと、長いまつ毛を静かに伏せた。
「わ、私は怒っていたわけではなく、悔しかったのです」
「悔しかった?」
「……はい。蛭沼様の一件のときになにもできなくて。ただ、咲耶さんに守られるだけの自分が嫌でした」
そういう意味では、吉乃は自分に対して怒っていたのかもしれない。
「だがあの件については、予めお前に計画を知らせるのはお前の負担になると思って言わなかったと説明しただろう?」
「はい。だから悔しいのは計画を知らされていなかったことではなくて……」
「では、なんだというのだ」
「……咲耶さんが、鈴音さんを信頼しているんだなと思ったから」
「俺が、鈴音を信頼している?」
「だって、信頼しているから鈴音さんに協力を要請したのでしょう? そして鈴音さんは見事に咲耶さんの期待に応えました。ふたりはすごくお似合いに見えたのです。でも私は遊女として、なにもできないどころか咲耶さんに守られるだけで……。それが、すごく悔しかったんです」
最後は強く言い放つような形になった。
けれど、一気に喋ったせいで息を上げている吉乃を、今度は咲耶が意外そうに見つめていた。