「吉乃?」


自分から目を逸らした吉乃を、咲耶は片膝をついたまま怪訝そうに見下ろしている。

(悔しい、情けない。でも――)

咲耶に見つめられると、どうしようもなくドキドキしてしまう。


「さ、咲耶さんは、どうして私があそこにいるとわかったのですか? 突然現れたのも、今の怪我を治してくださったのと同じで、なにか特別な力を使ったのですか?」


自分の気持ちを誤魔化すように尋ねた吉乃は、小さく息を吐いてからゆっくりと咲耶を見上げた。

すると咲耶はそっと目を細めたあと、スッと吉乃の胸元を指さした。


「お前が首から下げているとんぼ玉が、俺を呼んだんだ」

「とんぼ玉が?」

「ああ。それには俺の神力を込めてある。吉乃になにかあれば、俺に知らせが来るようになっていた」


そう言われて吉乃は首から下げて着物の下に忍ばせていた、とんぼ玉の入った小さな巾着袋を取り出した。


「簡単に攫われてしまうような状況下に身を置いたのは、決して褒められることではないが、肌見離さず持っていろという(めい)を守ったのは偉かったな」


咲耶は優しい目で吉乃を見ている。

対する吉乃は、しゅんと肩を落としてしまった。

まさか、とんぼ玉にそんな力があったとは驚きだ。

改めて吉乃は、咲耶の言いつけをこれからも守ることを心に誓った。


「しかし、これに懲りたら、これからはもっと自覚を持った行動をするべきだな」

「はい……本当にすみませんでした」


小さくなった吉乃を見て、咲耶がまた短い息を吐く。


「あ、あの。それで、雪ちゃんは、大丈夫ですか?」

「……雪? ああ、そう言えば紅天楼の白雪という遊女から、吉乃がいなくなったとの報告が入ったと、先ほど隊士の式神が知らせに来たな」


つまり、白雪は無事ということだろう。

ホッと胸を撫で下ろした吉乃は、もう一度咲耶に「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」と告げて頭を下げた。


「今回も大事に至らずに済んだ。だからもう謝るな」


何度も頭を下げる吉乃を前に、咲耶はそう言うと再び優しく頭を撫でた。

そして今度は長い溜め息をついてから、どこか恨めしそうに吉乃を見る。


「それよりも俺は、吉乃に言いたいことがある」

「言いたいこと、ですか?」

「ああ。蛭沼の一件が終わったあとだけでなく、今日、紅天楼で会ったときもそうだったが、どうして俺の方を見ようとしなかった」


思いもよらぬ問いに、吉乃はぎくりとして目を見開いた。