「大丈夫です。傷はそのうち治ると思いますし」


吉乃が視線を下に落としたまま答えると、咲耶は短い息を吐く。


「見せてみろ」

「え……」

「あの低級妖の邪気が残っている。(はら)ってやろう」

「祓う──?」


そう言った咲耶は着物を押さえていた吉乃の手を優しく掴んで避けると、がしゃ髑髏の赤い手痕がついた場所に手のひらをかざした。

(え──)

次の瞬間、桜の木が揺れ、吉乃と咲耶の身体が桜吹雪に包まれる。

神秘的な光景に吉乃が目を奪われていると、そばにいた咲耶が再び静かに口を開いた。


「これで大丈夫だとは思うが、痛みはどうだ?」

「あ……」


改めて尋ねられたときには、赤い手痕はすっかり消え、傷も綺麗になっていた。

ヒリヒリとした痛みももう感じない上、破れた着物も元通りだ。

不思議に思った吉乃が咲耶を見上げると、咲耶は吉乃を見つめてようやく柔らかな笑みを浮かべた。


「今、神力で傷を癒した。残っていた邪気もすべて祓ったから、もう平気だ」


咲耶の大きな手が、吉乃の髪を優しく撫でる。

咲耶の言葉を聞いた吉乃の胸は、また苦しいくらいに締め付けられた。


「助けに来るのが遅くなってすまなかった。怖い思いをさせたな」


銀色の光をまとった薄紅色の髪が風に揺れる。

美しい咲耶に目を奪われた吉乃は咲耶と数秒見つめ合っていたが、ハッと我に返ると慌てて咲耶から目を逸らした。

(結局また、咲耶さんに助けられてしまった……)

蛭沼のときに悔しい思いをして、自分の足で歩こうと決めたばかりなのに。
気がつけばまた、咲耶に抱きかかえられていた。