『いい? 吉乃。遊女は男に絶対に屈しない。相手の思い通りになったら負けよ。常に気高くいようと思う心を持ちなさい』

ふと脳裏を過ったのは、鈴音の言葉だ。

(ああ、そうだ。鈴音さんなら、こういうとき――)

絶対に泣かない。泣くわけない。

このふたりにどんなに痛めつけられようとも絶対に泣いたりしない。

吉乃の中に芽吹いた想いは深く根を張り、折れかけていた心を立て直した。


「私は……っ、泣きません!」

「あー、まだ言うかよ。もう面倒くせえから、一本くらい腕を折っちまっていいかァ」


歯を食いしばる吉乃を前に、がしゃ髑髏はそう言って、さらに吉乃の腕を掴む手に力を込めた。

(絶対に負けない!)

そうして吉乃が覚悟を決めて、強く瞼を閉じたとき――。


「な、なんだァ!?」


突然、吉乃の胸元から眩い光が放たれ、掴まれていた腕が解放された。


「とんぼ……玉?」


光の色は、薄紅色だ。

首から下げていたとんぼ玉のことを思い出した吉乃は心の中で、

(咲耶さん?)

と、その名を無意識のうちに呼んでいた。


「な、なんだこの光は! お前、なにを隠し持って──」

「──やれやれ、随分と息苦しいところだな」


直後、まるで吉乃の想いに応えるかのように、光の中から咲耶が現れた。

思いもよらない出来事に吉乃は驚いて、瞬きを繰り返す。


「さ、咲耶、さん?」


本物か、幻か。混乱している吉乃を振り返った咲耶は、吉乃を見て切なげに眉根を寄せて息を吐いた。