「だから、今、私の涙をあなたに渡すことはできません」

「はっ! だったら無理矢理、涙を流させるしかないな!」


自分に従おうとしない吉乃の返答に逆上したがしゃ髑髏は、力いっぱい吉乃の腕を捻り上げた。


「う……っ!」


あまりの痛みに吉乃は顔を歪ませ、短い悲鳴を上げる。


「ハハッ、人の女のくせに、俺に逆らうからだ。なんでも神威の(かしら)の気に入りだなんて言われているらしいが、それも嘘なんじゃねぇかぁ?」

「アハハッ! 確かに神威の頭ほどのお方なら、こんなちんけな女じゃなくて、鈴音花魁みたいな女がお似合いだものねぇ!」


後ろにひっくり返ってケラケラと笑い出した遊女の言葉に、吉乃はまた胸の中の靄が大きくなるのを感じた。

(鈴音さん……。こういうとき、鈴音さんならどうするだろう)

がしゃ髑髏は吉乃の腕を離してくれそうにない。

それどころか掴まれている腕の痛みは増す一方で、気を抜けば意識が遠のいてしまいそうだ。


「ほら、このままじゃあ本当に腕が千切れちまうぜぇ」

「ヒーッ、ヒッヒッヒッ! 泣いちまえば楽になれるのにねェ」

「涙は女の武器なんだろう?」

「そうそう、女は泣いて男に縋る生き物なんだよォ」


けれど、遊女が口にした言葉に、遠退きかけていた意識が戻ってきた。

それと同時にまた悔しさが、吉乃の胸に小さく芽吹く。

──女は泣いて、男に縋る生き物?

それはこの一カ月、吉乃が教えられてきたこととは真逆の考え方だった。