「さぁて、早速だが。おい、女」

「わ、私ですか?」

「そうだ。お前以外に誰がいる。俺はお前に頼みたいことがあって、ここまで連れてきたんだよ」

「頼みたいこと……?」


思わず吉乃は眉根を寄せた。

対するがしゃ髑髏は、またニヤリと不気味に笑って吉乃を見やる。


「あんたの涙を俺たちにくれないか? あんたの涙には、惚れ薬の効果があるんだろう?」

「頼むよ〜。私は、この地獄みたいなところから抜け出したいんだ。がしゃ髑髏の旦那も、惚れ涙がありゃあ、もっと出世できるってさァ」


ニュッと伸びてきた骸骨の腕が、吉乃の二の腕を強く掴んだ。


「い、痛い……っ、離して!」


剥き出しの骨が着物越しに、吉乃の柔肌に食い込む。

痛みで顔を歪めた吉乃を見て、がしゃ髑髏はカタカタと骨を鳴らして笑った。


「なぁ、いいだろう? 涙をちょいと流してくれるだけでいいんだ。――あいつに渡しちまう前にさ」


(あいつ……?)

どういうことだろう。

吉乃は疑問に思ったが、今は痛みと恐怖が勝って、深く考える余裕はなかった。


「なぁ、ほら、頼むよ」


がしゃ髑髏が吉乃に食い下がる。

吉乃は下唇を噛んで必死に恐怖を押し込めると、目の前の化け物を見て口を開いた。


「涙を、渡すことはできません」

「なんだとォ?」

「私の涙をほしがるということは、蛭沼様との一件についての噂を聞いてのことだと思いますが――」


精いっぱいの勇気を振り絞り、吉乃はがしゃ髑髏を見た。

思い出すのは惚れ涙を口にした途端、豹変した蛭沼の姿だ。

『元々、蛭沼様は執着心の強いお方でした。だから惚れ涙を口にして、それまで理性で抑えていたタガが外れてしまい、本能の赴くままに吉乃さんを欲したのだと思われます』

あのあと琥珀は吉乃に、そう蛭沼の変貌の推測を説明した。

(惚れ涙を飲んだ人は私に魅了されてしまうだけでなく、元々持っていた心の本質を暴かれてしまう――)

人の心を操るだけでなく、本能まで暴いてしまう、恐ろしい力だ。

蛭沼の一件以来、吉乃は惚れ涙は安易に使ってはいけないものだということを確信していた。