『切見世に来るのは、金も権力もない低俗な妖たちばかりだ。奴らは別に、花嫁を探すために女の元に通うわけじゃない』
『女の魂が穢れていることを知っていながら、ただ、魂を喰らいたいがために見世に来る。そういう奴らに魂の味見をされ続けた人の女は、あっという間に魂が擦り減って、身体が朽ちてしまうのさ』
クモ婆から聞かされた話だ。
けれど実際にその惨状を目の当たりにするのが初めてだった吉乃にとって、今、目に映る光景はとても衝撃的なものだった。
「なんだぁ、震えているのかい? そりゃあそうか、あんた、水揚げもまだなんだってねぇ」
「な、なんであなたがそれを知って……」
「私も昔は、あんたと同じように綺麗な身体だったんだよォ? それが気付いたら、こんなことになっちまってさァ。アハハハハハ……」
言いながら女は這うようにして、吉乃に近づいてきた。
冬だというのに、女は麻の薄い着物を一枚羽織っているだけ。
鼻を刺すような臭いは、女がまとっている香の臭いか体臭か。
吉乃は必死に後退ったが、唯一の逃げ道である扉は女の後ろで、走って逃げようにも部屋が狭いので、女を飛び越えていかなければならなかった。
「ああ、いいねぇ。私もできるなら、もう一度綺麗な身体に戻りたいよ」
顔の前まで伸びてきた女の手には爪もなかった。
ヒュッと喉が冷たくなって、吉乃はあまりの恐怖に声を出すこともできなかった。
「おお、なんだ、目が覚めたのかよ」
そのときだ。勢い良く部屋の扉が開いた。
ハッとして顔を上げた吉乃は、そこに立つ者を見て、今度こそ顔色を青くした。
「なんだ、目覚めて早速、逃げようとしてんのか。お前、ちゃんと見張ってたのかよ」
ひょろりとした体型の男はそう言うと、遊女の髪を無造作に掴み上げた。
「痛いっ」と遊女は声を上げたが、男は意にも介さない。
男は一見、人のように見えなくもないが、足も腕も肉のない骨が剥き出しの状態で、まるで骨標本の人形が動いているようだった。
「がしゃ髑髏の旦那に言われた通り、ちゃんと見張ってたわよォ!」
「ならいいが、逃したらお前を殺していたところだ。なんと言ってもコイツは上玉だからなァ」
男はそう言うと、吉乃を見て厭らしい笑みを浮かべる。
〝がしゃ髑髏〟と言えば、巨大な髑髏の形をした妖だ。
人を喰らう、とても恐ろしい妖だと、帝都吉原に来てから手にした文献で読んだことがあった。