(見世に帰ったら、常に持ち歩くのは止めよう)

御守りというなら、部屋に大切に保管しておけばいいだろう。

今後は今日のように見世の外に出るときだけ――鳥居をくぐって桜を見に行きたいと思ったときだけ持ち歩けばいい。

と、そう思った吉乃がゆっくりと目を開けると、


「見ぃぃいいつけたァ」

「え──」


突然、不気味な声が聞こえたと同時に目の前が真っ暗になった。

そのまま吉乃は意識を失って、その場で眠りについてしまった。






「ん……っ」


古臭い、カビの臭いが鼻を刺す。

次に吉乃が目を覚ましたときには、吉乃は見たこともない部屋の中にいた。


「ここ、は……?」


部屋と言っていいのかもわからないほど、狭い場所だ。

ささくれだった畳の上に吉乃は手を後ろで縛られた状態で寝転がっていて、身体を起こすのに時間がかかってしまった。


「よう。やっとお目覚めかい?」


そのとき、不意に声をかけられ吉乃はビクリと肩を揺らした。


「あ、あなたは……?」


起き上がった吉乃に声をかけたのは、部屋の片隅に片膝をついて座っていた遊女らしき女性だった。

しかし、紅天楼にいる遊女たちとは見た目に大きな違いがある。
 
化粧は唇に赤い紅をひいただけ。頬はこけ、髪は乱れていて、着ている服も酷くみすぼらしいもので、老婆のような成りをしていた。