「だからね、私、いつか現世に行くのが夢なんだ」


そっと目を伏せた白雪は、白玉ぜんざいの器がかいた汗を指でなぞった。

綺麗な爪の上で光る透明な滴は、まるで白雪が流した涙のようにも見えた。


「雪ちゃんの夢、いつか叶うといいね」

「ふふっ、ありがとう。でも――本当はね、もうひとつ叶えたい夢があるんだけど、それはまた今度、話せるときに話すね」


別に叶えたい夢がある。吉乃は白雪のもうひとつの夢がなんなのか気になったが、無理に聞き出そうとも思わなかった。

(雪ちゃんがまた今度話してくれるっていうなら、そのときを待つべきだよね)


「ねぇ、吉乃ちゃんはさ。花魁になったら、自分の願いごとをひとつだけ叶えられるって話、知ってる?」


と、不意に話題を変えた白雪は、顎の下で手を組みながら吉乃を見つめた。


「花魁になるとね、帝都を統べる帝に、ひとつだけ願いを叶えてもらえるんだって。だからみんな、帝都吉原の頂点に君臨する花魁の座を狙っているの」


それこそまるで、夢みたいな話だと吉乃は思った。

(花魁になれば、願いごとをひとつ叶えられるなんて)

迷信じみている。

けれど吉乃を見る白雪の目は、真剣そのものだった。


「雪ちゃん、その話、本当──?」

「──あ、ごめん、吉乃ちゃん! 私、鈴音姉さんに買ってきてほしいって言われているものがあったんだ! 今、急いで買ってきてもいい!?」


そのとき、唐突に焦った様子で吉乃の声を遮った白雪は、白玉ぜんざいは食べかけのままで席を立った。


「あ、それなら私も一緒に買いに……」

「ううん、吉乃ちゃんはゆっくりしてて。せっかくのお団子、食べちゃわないともったいないでしょう? おつかいの品を買ったら、私もすぐに戻ってくるから」


そうして白雪はそのまま吉乃に背を向けると、歩いてきた道を戻っていった。