「雪ちゃん、あの……」

「ほら……さっき、〝私はここでの暮らしが長いから、普通じゃないことが当たり前になってる〟って言ったでしょう?」

「え……あ、う、うん」

「実は私、物心つく前に帝都吉原に売られてきたんだ」

「え?」

「今時はさ、吉乃ちゃんみたいにある程度の年齢になってから売られてくる子が多いけど、私の親は私をそこまで育てる余裕がなくて、さっさと売り飛ばしたみたいでね」


ぽつりぽつりと話しはじめた白雪は、白玉ぜんざいの入った器がかいた汗が流れ落ちるのを目で追いかけた。


「それで、たまたま運良く紅天楼に引き渡されて、琥珀さんや……クモ婆にも良くしてもらって、遊女になるための英才教育を受けてきたの」


以前、吉乃はクモ婆からも、『白雪はここでの暮らしが随分長いからね』と聞かされたことがある。

(でも、まさか、そんなに小さな頃からここにいたなんて)

白雪がすべての芸事に秀でているのは、そういう事情があったからなのだ。

吉乃と同い年でありながら、帝都や帝都吉原について詳しいのも頷ける。


「鈴音姉さんが十六のときに紅天楼に来て、そのとき私は九つで。ああ、この人は絶対、将来花魁になるってひと目見て思った。だって、あんなに綺麗で芯の強い人は、それまで出会ったことがなかったから」


その後、白雪の見立て通り鈴音は飛ぶ鳥を落とす勢いで二十一歳という若さで紅天楼のお職に上り詰めた。

当時十四歳だった白雪は鈴音に面倒を見てもらうようになり、今日まで本当の姉妹のようにやってきたのだという。


「私が遊女としてやっていけるか悩んでいたときも、鈴音姉さんは、あんたなら大丈夫だって言ってくれて、いつもそばで励ましてくれたの」

「雪ちゃんみたいにすごい子でも、悩むことがあるんだね」

「えー、当たり前だよ。ほら、今言った通り、私は小さい頃から帝都吉原にいたから、現世のことが全然わからなくって。でも、帝都に住む人ならざる者は、よく現世の話を聞きたがるの」

「そうなんだ……」

「人ならざる者は、人らしい人が好きっていうでしょ? でも私は帝都育ちだから、遊女になったとしても、あくまで想像でしか現世のことを話せないし……。もしかしたらお客さんを喜ばせてあげられないかもしれないとか、色々考えちゃって」


そう言うと白雪は、困ったように笑った。

吉乃からすれば非の打ち所のないように見えた白雪にも、遊女として足りないところがあったのだ。