「吉乃しゃまは!」

「花街に行ってみたいですか!?」


と、琥珀の代わりに口を開いたのは、今か今かと吉乃に話しかける機会をうかがっていた絹と木綿だった。

ハッとして目を瞬いた吉乃と琥珀は、思わずふたりに目を向けた。


「吉乃しゃまのしたいようになさるのがよろしいかと思います!」


絹と木綿は相変わらず吉乃に情熱的な目を向けているが、ふたりは今、一番の核心をついたと思う。


「わ、私は……」


正直に言うと、吉乃も花街に興味がないわけではなかった。

妓楼内の遊女たちが花街に出かけ、楽しい時間を過ごしてきたことを聞くと、羨ましいとも思っていた。

だが、琥珀が危惧しているように、大蜘蛛に襲われたときの恐怖や蛭沼の一件もある。

また同じように誰かに狙われたらと思うと不安にもなるし、噂話も気になるところ。

(でも……外出できるようになれば、咲耶さんのお屋敷にあった桜の木を、また見に行けるかもしれない)

それは、花街の外れにある鳥居をくぐった先。咲耶の屋敷のそばに植えられた桜の木のことだった。

なぜか懐かしさを感じてしまう、とても不思議な桜だ。

とんぼ玉さえ持っていれば吉乃ひとりでも鳥居をくぐれるし、咲耶は吉乃ならいつでも来ていいと言っていた。

(あの桜の木を見たら、胸に広がるばかりの靄が晴れるかもしれないし……)


「吉乃しゃま?」

「私は……私も、花街に行ってみたいです」


思い切って本音を口にする。

するとそれを聞いた琥珀は逡巡(しゅんじゅん)したのち、


「……わかりました。まぁ、いいでしょう」


と、短い息を吐きながら、吉乃の思いを尊重してくれた。