『あんなに鈴音花魁にぞっこんだった蛭沼様が、惚れ涙を口にした途端に異能持ちの遊女に心変わりしたっていうじゃないか』

『自分の客にそんな力を使われたんじゃ、たまったもんじゃないよ。いつ太客を盗られるかわからない。異能持ちの遊女も、あわよくば蛭沼様を自分のものにしようと思って惚れ涙を飲ませたんじゃないのかい?』

あることないこと尾ひれをつけて広まった噂を、吉乃も耳にしたことがあった。

加えて異能持ちの吉乃が紅天楼の外に出るというのは大きな危険を伴うため、琥珀も慎重になっているのだ。


「もちろん、吉乃ちゃんの事情もわかっています。でも、このままでは吉乃ちゃんは遊女でいる間はずっと、紅天楼から一歩も出られないってことになりますよね」


けれど白雪は臆せずに言葉を続ける。

ただでさえ心労が絶えない遊女の仕事だ。

もしかしたら白雪は咲耶とのやり取りを見て、自分を心配して進言してくれたのかもしれないと吉乃は思った。


「散歩をして花街の空気を吸うだけでも、気分が変わると思いますし。琥珀さん、お願いします」

「ゆ、雪ちゃん、私は大丈夫だから! 午後もお稽古があるし、私のために雪ちゃんが頭を下げる必要なんて──」

「まぁ、気分転換に見世の外に出るくらいなら、大丈夫だろう」


と、不意に口を開いたのはクモ婆だった。


「浮雲さん? でも、吉乃さんは……」

「琥珀はあれこれ心配しすぎさ。確かに白雪の言う通り、このままじゃあ吉乃は心労が溜まる一方だ」


そう言うとクモ婆は、また吉乃を見てニイッと笑う。


「吉乃が咲耶殿のお気に入りであることは、帝都吉原内に今や公然の秘密として知れ渡っている。無計画に手を出す賊はいないはずだ。そもそも白雪の言う通り、遊女でいる間ずっと、紅天楼から出さずにいるのも無理な話さ」


白雪に続きクモ婆に説得された琥珀は、「うーん」と悩ましげに唸って眉根を寄せた。