「つまり水揚げでは、遊女が仕事として初めて、魂を人ならざる者に食べさせるというわけです」
帝都吉原内ではそれを、〝初魂の儀〟と言うらしい。
遊女として働きはじめる前に初魂の儀で口付けによる魂の味見を経験し、身体と心の準備を整えるというわけだ。
「時期は約一カ月後。相手は今探しているところだけど、まぁ水揚げまでに、あんたも心構えをしておきな」
そう言うとクモ婆は、ニイッと口角を上げて笑った。
(水揚げ……初魂の儀)
本格的に遊女として仕事をしていくためには必ず通らなければならない道だ。
それでも今、どうしても吉乃の脳裏には、咲耶の姿が過ってしまった。
「あ、あの。水揚げの相手に選ばれるのは、どういう方なんでしょうか?」
思い切って尋ねた吉乃は胸に手をあてる。着物の内側には今日も、咲耶から渡されたとんぼ玉を入れた巾着を首から下げていた。
「水揚げの相手に選ばれる基準は、まぁ、それなりに人の女と遊び慣れしてる奴ってところかねぇ」
「あとは、しっかりとした身分の方であるというところでしょうか」
「それって、たとえば咲耶様とかですか?」
また尋ねたのは白雪だ。驚いた吉乃は弾かれたように顔を上げて、白雪を見た。
「いえ、咲耶様は……神威の将官であられますし、本来であれば公正公平なお立場の方です。それにこれまで遊郭通いなどは一切されておりませんし、〝それなりに人の女性と遊び慣れしている〟という条件に合いませんので……」
「まぁそんなわけで、咲耶殿が吉乃の水揚げの相手になることはないね。だが、蛭沼のように危ない奴を選ぶことはないから安心しな」
そう言うとふたりは、吉乃を見て小さく頷く。
当の吉乃はまた複雑な気持ちになって、視線を足元に落としてしまった。