『蛭沼がああなるように誘導したのは私よ』

それでも吉乃は、堂々と胸を張って言った鈴音と自分を比較せずにいられなかった。

それと同時に、考えれば考えるほど、咲耶が自分のことを『俺の花嫁』だと言う理由がわからなくなった。

(誰が見ても咲耶さんには、鈴音さんの方が釣り合っているのに――)

蛭沼の部下たちも、なぜ吉乃が咲耶に花嫁だと言われるのか不思議に思ったはずだ。

でも、鈴音と咲耶がお似合いのふたりだと思えば思うほど、吉乃の胸の中の靄は大きくなっていき、その矛盾が余計に吉乃を混乱させた。


「さて、蛭沼殿の件も一段落しましたし、そろそろ大切な話をしましょうか」


と、気を取り直すように手を叩いたのは琥珀だ。

すると絹と木綿がドロン!と現れ、吉乃の足にギュッとしがみついた。


「絹ちゃん、木綿くん? 今までどこに行ってたの?」


咲耶たちが来てからふたりの姿が見当たらなかったので、吉乃は不思議に思っていた。


「ううう、吉乃しゃまぁ。お会いしとうございました」

「恋敵の咲耶しゃまが帰られるまで、暗い仕置き部屋に閉じ込められていたのですぅ」


ふたりは以前、咲耶と吉乃に関することで揉めたので、琥珀に咲耶が帰るまで吉乃に近づくことを禁じられていたようだ。


「それで、大切な話とは……」


今度は白雪が気を取り直して琥珀とクモ婆に尋ねる。


「吉乃、あんたに関する話だよ」

「私に関する話、ですか?」

「ああ、あんたの水揚げをどうしようかって話でね。相手はまだ決まっていないが、時期は決まったから伝えておこうと思ってさ」


〝水揚げ〟とは、遊女が本格的に見世で客をとる前に、見世が決めた相手と遊女が床入りすることをいう。

ただしここで言う床入りとは、遊女が人ならざる者に口付けで自身の魂の味見をさせることだ。