『鈴音花魁は、実は咲耶殿の花嫁の座を狙っているんじゃないかって話があってね』
『俺がもし鈴音花魁だったら、蛭沼様ではなく咲耶殿の花嫁になることを選ぶね! なぁ、きみもそう思うだろう?』
今、どうしようもなく苦しいのは、どうしてだろう。
(喉の奥がヒリヒリするのは、なぜなの?)
鈴音が咲耶の花嫁の座を狙っていることも、ふたりがどうなろうとも吉乃には関係のないことだ。
寧ろ鈴音の妹分という立場の吉乃は、鈴音が本当に咲耶を慕っているのであれば、恋路を応援するべきなのだろう。
(そうだよ。鈴音さんなら咲耶さんとお似合いなだけじゃなく、今回のように咲耶さんの力になることだってできる――)
咲耶だって、吉乃を花嫁にするのではなく鈴音を花嫁にした方がより強い力を得られるのではないだろうか?
「吉乃、立てるか? 身体に力が入らないのなら、また俺がお前を抱いて運ぼう」
と、座り込んだままの吉乃に咲耶がそっと手を差し伸べた。
けれど吉乃は差し出された手から目を逸らすと、下唇を噛みしめて、俯いていた顔を静かに上げた。
「……大丈夫です。ひとりで立ち上がれます」
ああ、この感情はなんだ。
これまで一度も抱いたことのなかった、この気持ちは――。
(私……なぜだか今すごく、悔しくて、たまらない)
吉乃は自分が情けなくて、許せなかった。