「いいえ、咲耶様。私は神威ではなく、咲耶様だからこそ協力を惜しまなかったのですわ」

「なんだ、俺を蛭沼のように堕とすつもりなのか?」

「ふふっ。堕とすだなんてとんでもない。私はただ、咲耶様のお力になれたことが嬉しいのです。もちろん、咲耶様が私の座敷に上がってくだされば喜んでおもてなしをさせていただきますけれど」


言い終えて、咲耶を見た鈴音の瞳は濡れていた。

咲耶のそばに座り込んでいた吉乃も思わずドキリとしてしまうほど――その表情は凄艶(せいえん)で、最上級に麗しかった。

結局、鈴音の最終目的はこれだったのだ。

計画に協力することで咲耶に恩を売り、自分の元へ通わせようと鈴音は目論んでいた。


「さすが、帝都吉原の遊女たちの頂点に立つ花魁といったところか。俺もお前には適わないかもしれないな」

「ふふっ。とても光栄なお言葉ですわ。今から咲耶様が登楼してくださる日を楽しみにしております」


軽口を叩き合うふたりを、吉乃はひとり取り残されたような気持ちで見つめていた。

(私は咲耶さんに気を取られてばかりで、自分のやるべきことすら疎かにしてしまったのに――)


「では、私は払われた頬を冷やしに行かせていただきます。白雪、私は大丈夫だから、あとは琥珀さんとあなたでそちらのおふたりのお見送りをしてきてくれる?」


鈴音は淑やかな口調で白雪に言いつけると、部屋の隅で小さくなっていた忽那たちに頭を下げ、座敷をあとにした。

去っていく背中を見送りながら、吉乃は自分の心の中で言いようのない感情が疼くのを感じていた。

同時に、思い出すのは蛭沼の部下・忽那から聞かされた話だ。