「どこか痛むか?」
「だ、大丈夫です。なんというか現実味がなくて、心の整理がつかなくて」
あまりに衝撃的な出来事だった。
まさか初めて上がった座敷でこんなことが起こるとは思いもしなかった。
(でも、蛭沼様は鈴音さんの上客だから、当然鈴音さんは今回の計画を知っていたってことだよね……?)
と、そこまで考えた吉乃はあることを思い出した。
「そ、そうだ、鈴音さんは!」
「大丈夫よ」
「鈴音姉さん!? まだ立ち上がってはダメです!」
吉乃が案じたのは蛭沼に手を上げられた鈴音のことだった。
琥珀に支えられながら腰を上げた鈴音に、白雪が慌てて寄り添った。
「鈴音さん……。私を庇ったせいで、申し訳ありません」
「なにを言っているのよ。すべては計画の内だったと咲耶様から聞かされたばかりでしょう?」
「え……」
「蛭沼がああなるように誘導したのは私よ。私があそこで心変わりの話をすれば、蛭沼は私への想いを証明するために、目の前にいるあなたの惚れ涙を利用しようとするんじゃないかと思ったから敢えて挑発したの」
「じゃ、じゃあ、私を庇ったのも……?」
「もちろん、蛭沼を捕縛する決定打のためよ。あそこで蛭沼に触れれば、蛭沼なら逆上して絶対に手を上げると思ったから。花魁の私に手を上げたとなれば重罪。逆を言えば手を上げられなかったら咲耶様の目的が果たせなかったのだから、私は自分のやるべきことをやっただけ」
鈴音は勝ち誇ったように言う。
吉乃は唖然として、返す言葉を失った。
「鈴音、この度は神威への協力に感謝する」
と、立ち上がって鈴音に声をかけたのは咲耶だ。
静かに顔を上げた鈴音は咲耶へと視線を移すと、艶やかな笑みを浮かべた。