「う、ぐ、るるる……なんだと?」

「まさかこれほど簡単に欲望に負け、己を見失い、遊女に手を上げるとは。帝都政府官僚の名折れだな。あまりに滑稽で張り合いがない」


それはまるで、こうなることを予見していたかのような口ぶりだった。


「琥珀、ここで粛清してしまうが、問題はないな?」


咲耶が刀の柄に手をかけながら、琥珀に問いかける。

あまりに淡々とことを運ぶ様に、さすがの吉乃も疑念を抱かずにはいられなかった。


「はい。もちろん問題などございません。ここから先のことは、神威の将官であられる咲耶様のご判断にお任せいたします」


対して咲耶に問われた琥珀も、ゆっくりと立ち上がるとニコリと笑った。

琥珀の目は相変わらず凪いだ海のように静かだが、いつもの優しさと爽やかさは感じられない。


「必要であれば、ここで起きたことの証言もさせていただきます」

「ああ、よろしく頼む。では、ここから先は俺の仕事だ。お前は、そこにいる遊女たちにこれ以上の被害が及ばぬよう、護りに徹しろ」


次の瞬間、咲耶が小さく嗤ったと同時に、髪色が黒に変わった。

瞳の色も紅色に変化し、咲耶が抜いた刀の刀身は禍々しい闇色の靄をまとって咲耶の身体をあっという間に包み込んだ。

(咲耶さん……!)

大蜘蛛を消し去ったときと同じだ。

今の咲耶からは恐ろしい邪気のようなものが滲み出ていて、吉乃は思わず目を逸らしたくなった。


「鈴音さん、白雪さん、こちらへ!」


隙を突き、琥珀がふたりを避難させた。

そして咲耶は構えた刀を鋭く振り下ろすと――。


「ギャアアアア!!」


吉乃を捕らえていた蛭沼の舌を、容赦なく断ち斬った。


「あ……っ」

「吉乃、大丈夫か?」


蛭沼から解放された吉乃は座り込んだままで両手をついて、身体を支える。恐怖に震えているせいで、上手く力が入らない。

そんな吉乃を蛭沼から護るように、咲耶はふたりの間に立った。