「吉乃……吉乃! 俺の吉乃!」
「きゃっ!?」
と、次の瞬間、蛭沼の口から伸びてきた舌が吉乃の身体に巻き付き、吉乃は身動きが取れなくなった。
「ひ、蛭沼様!?」
「ええい、もう辛抱ならん! 吉乃、今すぐ俺とここを出よう! そして俺の屋敷に戻り、俺と永久の契りを交わそうぞ!」
蛭沼は完全に我を失っている様子だ。というより、吉乃以外は一切目に入っていないように見えた。
「お止めください、蛭沼様! 吉乃はまだ水揚げも済んでいない遊女見習い。私の大切な妹です!」
咄嗟に蛭沼の腕にしがみついたのは鈴音だ。
(鈴音さん……!?)
けれど鈴音をギロリと睨んだ蛭沼は、鈴音の身体を容赦なく押し返した。
「どけ、女!」
「きゃっ」
「鈴音姉さん!」
突き飛ばされた鈴音を見て、白雪が顔面蒼白で悲鳴を上げる。
その間にも蛭沼はムクムクと身体を膨らませ、醜い蛭に容姿を変えた。
「ヒ、ヒィイイ!!」
蛭沼の部下の忽那たちは腰を抜かして部屋の隅に縮こまり、ガタガタと震え出す。
吉乃は蛭沼に捕らわれたまま、どうすることもできなかった。
(蛭沼様は、先ほどまであんなに鈴音さんへの愛を語っていたのに――)
やはり、惚れ涙の力はとても恐ろしいものだったのだ。そう考えた吉乃は自身を強く責め、思わず両目をキツく閉じた。
「……蛭沼殿、非常に残念だ」
そのときだ。不意に、それまで息を殺して成り行きを見守っていた咲耶が口を開いた。
吉乃が閉じたばかりの目を開けば、蛭沼を冷ややかに見る咲耶が凛として立っていた。