「なぁ、どうなんだい?」
咲耶にまで、迷惑をかけられない。
そう思った吉乃は、もう一度蛭沼に頭を下げるべく口を開いた。
「あ、あの、蛭沼様――」
「はい。彼女は、私の生涯の伴侶……花嫁にと考えている相手です」
けれど、吉乃の言葉を咲耶の凜とした声が遮った。
驚いた吉乃が咲耶を仰ぎ見れば、吉乃の視線に気付いた咲耶が口元に優しい笑みを浮かべた。
(さ、咲耶さん、どうして――?)
トクン、トクンと吉乃の心拍数が上がっていく。
まさか、大勢の目があるこの場で、『俺の花嫁』だと断言されるとは思わなかった。
「ハハッ、聞いたか鈴音! 咲耶殿はこの娘を花嫁に所望しているらしいぞ!」
意気揚々と叫んだのは蛭沼だ。気持ちが高揚しているのか、膝立ちで鈴音を振り返った。
「残念だったなぁ、鈴音。やはりお前は俺の花嫁になるしかなさそうだ」
勝気に笑った蛭沼はまた口から長い舌を出すと、今度はベロリと厭らしく舌なめずりをした。
対する鈴音は涼しい顔で、瞼を閉じる。
そしてなぜか挑発するような笑みを浮かべてから目を開き、蛭沼の顔を静かに見つめた。
「鈴音……?」
「残念ですが、色恋沙汰に〝絶対〟はないでしょう?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですわ。蛭沼様もいつか、心変わりしてしまうかもしれない。鈴音はそれを思うと苦しくて、やはり、あなたの花嫁になることを躊躇してしまうのです」
どんなに上から見下ろされようと、主導権は渡さない。
鈴音は自分の方が上手だというように、蛭沼の求婚を上手くかわした――ように見えた。