「蛭沼様、お呼びでしょうか」


対して、蛭沼の前に膝をつく吉乃を一瞥した咲耶は、そう言うと堂々とした様子で蛭沼を見やる。

昼間と同じ白い軍服に身を包んだ咲耶は眉目秀麗で、ただそこにいるだけで全員の目を惹きつけた。


「いやいや、今ね、ちょっとこちらのお嬢さんから謝罪を受けていたところなんだ」

「……そうですか」

「そう言えば、この子は咲耶殿のお気に入りなんだって? その噂は本当なのかい?」


蛭沼と咲耶の力関係は、僅かに蛭沼の方が上らしい。

先ほどまで部下たちにしていたような威圧的な態度は鳴りを潜めてはいるが、咲耶の反応を楽しむように強かな視線を送っていた。


「咲耶殿はこれまで、花嫁どころか浮いた話はひとつもなかったのに不思議なもんだねぇ」


そこまで言った蛭沼は、今度は自分の隣に座している鈴音をチラリと見た。

鈴音の反応をうかがっているのだろう。けれど鈴音はまるで動じる気配もなく、相変わらず淑やかな空気をまとって前を向いていた。