「ひ、蛭沼様、本当に申し訳ありません!」
座敷に戻ると失言をした忽那が、蛭沼に向かって深々と頭を下げていた。
白雪が相手をしていたもうひとりの部下も、居場所がなさそうに小さくなっている。
その光景を見た吉乃は、再び自分を強く責めた。
自分の僅かな気の緩みが多くの人を不快にさせ、楽しいはずの酒席を台無しにしてしまった。
「ひ、蛭沼様。私のせいで、申し訳ありません」
たまらず蛭沼の前に膝をついた吉乃は、身体の前に手をつき、深々と頭を下げた。
「私がお酒を勧めすぎてしまったせいです。お叱りなら私がお受けいたします! 忽那様は、なにも悪くないのです!」
そう言うと吉乃は顔を上げ、真っすぐに蛭沼を見つめた。
と、吉乃の薄紅色の瞳に気付いた蛭沼が、「ああ」と低い声を漏らして吉乃の顔をまじまじと見る。
「もしやお前、咲耶殿と噂になっている女か? なんでも、人でありながら珍しい異能を持っているとかどうとか……。俺はお前にも、少し興味があったんだ」
蛭沼はそう言うと、肌が粟立つような厭らしい笑みを浮かべた。
その笑みは大蜘蛛を彷彿とさせ、吉乃の背中には嫌な汗が伝った。
「ふ~む。当然鈴音の足元にも及ばないが、見た目も中身も悪くはなさそうだな」
長い舌が、舌なめずりをするようにチロリと動く。
いけないとわかっていても、吉乃の肌はぞくりと粟立った。
「蛭沼様。咲耶様をお連れしました」
と、そのとき。扉の向こうから声がかけられ、閉じられていた襖が開いた。
(あ……)
琥珀と共に部屋の中に入ってきたのは咲耶だ。
咲耶を見た吉乃は一瞬ドキリとして息を呑んだ。