18時頃、桜は葵さんに呼び出されたきり、まだ帰ってきてない。

 ”明日じゃ後悔するときもある”
 葵さんの言葉を反芻する。
 そんなこと考える人もいるんだな。
 たしかに、いまがずっと続くわけじゃない。

「涼ー! 仲直りできたよ! ありがとう」

 桜は帰ってくるなり嬉しそうな顔で俺に抱きついた。
 こういうのやめてほしいって前にも言ったはずなのに。

 ゆっくり桜のことを離して、真っ直ぐな瞳を見つめる。

「……俺は別になんもしてないよ」

 ほんとに何もしてない。
 葵さんはきっと俺が声をかけなくても自分から謝りにいっただろうから。

「それでも話聴いてくれたでしょ? だから、今日は私が腕によりをかけて料理をつくるね!」

「ちょっとまって! 俺、消防車呼びたくないからね?」

 桜は料理がめちゃくちゃ苦手だ。
 今思い出したけど、前に一度あやうく火事になりそうだったことがある。
 桜にやらせては危険だと身体中が訴える。

「もう! 今日は大丈夫だから! 涼は大人しくソファーに座ってて」

「……わかった」

 心配だったけど、今日は大丈夫って言われちゃったし、とりあえずソファーから温かく見守ることにした。

 すると、すぐに「あれ、お砂糖どこ? うーん。適量ってどのくらい……?」なんて声が聞こえてくる。

 はぁ……。
 やっぱ手伝ったほうがいいよな。

 そう思ってると「あっつ!」という声が聞こえた。

 俺は慌てて駆け寄り、その手を水につけた。
 
 咄嗟にしたことで、桜との距離が0センチなことに気づく。
 お互い見つめあっているのが余計に気まずい。
 しばらく沈黙が続き、その沈黙を破ったのは桜だった。

「……ごめん。火かけてるの忘れてた」


「バカなんだから最初からやめとけばよかったのに」

 照れ隠しで、こんなことしか言えなかった。
 大丈夫だった? とか他に言うことあったはずのに。

「あー! お姉ちゃんに向かってなんてこと言うの?」

 桜はちょっと怒ってるみたいだったけど、すぐ笑顔に変わり、ふたりで笑いあった。

 よかった。もう気まずくない。


「俺がつくるから桜は座っててよ」

「ううん。私も見て次は作れるようにする!」

「はいはい」

 俺がそっけなく返すと「絶対期待してないじゃん!」と言いながらおどけて笑う。


 笑顔が戻ってほんとによかった。
 やっぱり桜が笑ってないと家が明るくないから。

 好きだな、やっぱりそう想ってしまう。

 この想いを打ち明けても隠しても今は辛いだけ。
 だったら、せめてこの平和で幸せな毎日が、ただ桜が笑っている毎日が続けばいい。