こうなってしまったからには、ともかく、一刻も早く家に帰らなければならない。
 犬の身体のままでは、どんなトラブルに巻き込まれるかわからない。
 今日を一日目として、七日目の明け方には人間に戻れるとはいえ、それまで私はとんでもなく無力な一匹の犬なのだ――言葉もしゃべれず、事情を知っている家族以外とは意思疎通も難しい。

 服はその場に置いていくしかない。四つ足で、急いで駆け出した。
 首輪もつけず住宅街を全力疾走する犬は奇妙に映るだろう。だからなおさら早く帰らなければならない。だれかに見つかってしまう前に、最悪、どこかに連れていかれたりしてしまう前に――。

 そのせいで、あんまりにも、不注意だったのだ。

 車だ、と気づいたときには遅かった。クラクション。
 でも、避けられない。
 人気(ひとけ)がないからといって、道の真ん中を走っていたことも、よくなかった。

 ドン、と大きな音がして。
 私はあっというまに、車に跳ねられた。

 道の端に飛ばされたらしい。
 横たわり、うまく開かない目で、車を見る。
 車は一瞬、戸惑いを表すかのように停止していたけれど――その迷いを振り切るかのように、一気に発進した。

 遠くなっていく車の後ろ姿。十字路で右折して、そのまま見えなくなった。

 ……そんなに、恨む気にもなれない。
 人間を轢いたわけではないのだ。たかだか、犬一匹を、轢いただけなのだ。わざわざ停まって助けるとも思えない。よっぽどの犬好きでもなければ。

 それに、私だって悪いのだ。こういうトラブルが充分に予想できたから、犬になる期間は家で安全に過ごすべきだった……犬耳と尻尾が生える期間までバイトに行く私を心配してくれたお姉ちゃんの言葉も聞かずに、こうして外出していたのは、……私だ。

 そう……私自身のせい……。

 ……視界がかすむ。
 どうやら全身から血が出ているようだ……痛いというより、寒い。
 意識が、遠くなっていく。

 ごめんね、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、……それとまあ憎らしかったけれど一応、弟の寿太郎(じゅたろう)。シフトに融通が利かないというのに、いっぱいよくしてくれたバイト先のみなさん。

 ……私は、犬のまま、死んでいくのかな。

 ああ。なんにもない人生だったなあ――犬に変身してしまうという体質のせいで、青春も、輝かしい未来も、……なんにもつかめずに……。

 もう、目を開けていられなくなって。
 意識は、ブラックアウトした。

 そして、私は。
 これが運命の相手との出逢いになるとも知らずに――。