一週間ほどの休みを挟んで、正人は再び執筆活動に入った。今回の執筆分は、以前から書きたいと思っていたシーンでもあり、イメージを膨らませていたので前回筆が乗らなくて苦しんだのが嘘のように、すらすらと言葉が出てきた。滑らかにキーを叩き、思い通りの文章を重ねていく。やはりこの工程は楽しい。売れてないけど、正人は作家になれて良かったと思った。





気づくと、正人はあの闘技場に居た。果たして女は無傷のまま正人と対峙していた。女が無事であったことに、正人は安心した。

「君……! 無事だったんだね!」

正人が歓喜の声を上げると、女は忌々しそうに口を開いた。

「前回は負けたが、今回は負けない。私はお前の締め切りだからな」

鋭い目つきで正人を見る女は素早く剣を構えて正人に襲い掛かった。でも、今回は大丈夫なのだ。原稿はもう既に出来上がりつつあり、あとは最後のシーンの為にイメージ出来ているものを書ききれば終わりだ。彼女を傷付ける必要もないだろう。正人は女が振るう刃を手に持った剣で受け止めながら、そう思った。

「貴様! 本気で戦っていないだろう!? そんな奴に締め切りは守れないぞ!」

正人が剣を受け流しているのに激高した女が叫ぶ。でもそんな必要ないのだ。正人は、もう女を傷付けたくない一心で、言葉を継いだ。

「この前は酷いことをしてすまなかった。でも今回は大丈夫なんだ。原稿もあと一場面で終わる。イメージも固まってるから、君を傷付けなくて済むんだ」

女と川野の関係に仮説を立ててしまったら、もう女を傷付けることは選択できなかった。その為に寝るまでにスケジュール通りに執筆を勧めていた。もう直ぐ完成する原稿のことと女と川野の身の安全を思ってそう言うと、女は正人を馬鹿にしたように笑った。

「はっ。此処を何だと思っている。此処は作家のお前と、締め切りの私が全力で戦う場だ。そこで勝てずして、締め切りが守れると思うなど、お前はまだ甘い。そんな甘っちょろいことを言っていて、締め切りが守れると思うか!」

ブン! と女が剣を振るう。正人は現実では出来ないような身のこなしで、女の刃を避けた。

「だって、もう嫌なんだよ、君を傷つけたり、……ましてや、君を殺したりするのは……!」

女を傷付けたら、川野にその傷が跳ね返ってしまうかもしれない。それは正人にとって、二重に人を傷つけることに他ならない。それが嫌で正人がそう叫んだ瞬間、闘技場の時計がゴーンと鳴った。女は不敵な笑みを浮かべた。

「そんな甘いことを言っているから、お前はいつまでたっても締め切りが守れないんだ。そうやって締め切りを破り続けて、何時か世間から見捨てられるんだな」

ふん、と鼻で笑って女は闘技場を後にした。でも大丈夫なのだ。頭に浮かんでいるあの一シーンを書いてしまえば終わり。女を傷つけずとも締め切りを守れることを、正人は証明しなければならなかった。