『結城先生、昨日はどうも申し訳ありませんでした。確かに原稿お預かりしましたので!』
翌日、元気になった川野から、わざわざ安藤から原稿を受け取った旨の連絡があった。やっぱり風邪か何か……、仕事の時間も不規則な編集にはありがちな、疲労に寄る風邪か頭痛か、そんなところだろう。休んでいたことは気にしていない、と伝え、元気になってよかったですね、と言うと、そうですね、アハハ、という笑い声と共に、こんな言葉を発した。
『寝ていたら、急に心臓が切り裂かれたような痛みを感じたので、痛みもひどかったですし、流石に場所が左胸だったので、怖くて救急に飛び込みました。一日検査を受けていたんですが、結果、何処も悪くないということで、お医者様にお墨付きを頂いてきましたよ』
アハハ。
軽く笑う川野に、正人は返す言葉がない。……だって、一昨日の夜の夢の中で正人が女を切りつけたのは、まさにあの女の左胸――心臓だったのだ。なんだかぞわり、として、お大事に、と最後に言うだけ言って、正人は電話を切った。
(いや、ぐーぜんだって! ぐーぜん!! それに川野さんは医者にお墨付き貰ってるし、なんたって今生きて、話をしたじゃないか!)
自分に言い聞かせるようにそう思うが、不安の種は一度芽吹くと、その周りの疑念を栄養に、どんどんと成長していく。正人の心中にあっという間に広がった、あの女と川野の関係の仮説について、正人の新名の中ではもはや仮説という言葉では済ませられない程、真実味を帯びて正人の前に立ちはだかった。