辺りを見渡すと、其処は闘技場のようだった。平たい円形のステージに、四方八方の円錐状の観客席。手に剣を持っている自分の現状に、ああこれは夢だな、と認識した。その瞬間。
「ええい!」
と言って、誰かが迫って来た。ブン! と自分の脇の空気が切り裂かれて、その風圧でよろけて転んだ。
「えっ!? えっ!?」
何が起きたのか良く分からなくて、声を発したと思われる方を見ると、其処には川野さんが居た。
「川野さん!?」
咄嗟に叫んだ正人の言葉を、川野さんは「なんだそれは」と冷たい声で返した。
「えっ? 川野さんですよね? ほら、授賞式の時にお会いした、結城です……!」
正人の言葉に、お前のことは知っている、と川野さんは応えた。
「今、『いざ、参らん。この世の果てへ』を書いている正人だろう。しかし私は川野などと言う名前ではない」
執筆中の本のタイトルまで知っていて、川野さんではないという。それにこの女性は川野さんらしからぬ、防具を身に着けていた。丁度、ファンタジー漫画なんかで闘技場で戦う戦士が身に着けるような、簡易な鎧のようなものだ。それに、さっき正人の脇の空気を切った、刀まで持っている。
「正人。私を倒さないと、これより先には行けないぞ」
川野さんは更に刀を構える。
「さ、先って、何ですか?」
「むろん、締め切りの向こう側だ」
……は?
なんだって? 締め切りの向こう側?
「私は締め切りだ。私を倒さない限り、お前が原稿を書き上げることは出来ない。此処は、私と正々堂々と勝負して、お前が締め切りを守るか、私が勝って、お前が締め切りに敗れるかのどちらかを争う為の、闘技場だ」
なんだって? 夢なのに締め切りのワードが出てくるあたり、空恐ろしいな!? 自分はそれほどまでに、締め切りに怯えているのだろうか。
(いや……、進捗は良くない……。これは悪夢か……)
呆然と考えていると、川野さんがまた剣を振るってきた。
「うわあ! 乱暴なことしないでください!」
「何を言っている。私はお前を追い詰める為だけに居る。お前と勝負しないで、どうすると言うのだ」
ブン! と振り下ろされる刃に、持っていた剣を当てる。直撃は免れたが、避けた刃先が似の腕に当たって擦り傷を作った。
「こっ、怖いことしないでください!」
「何を言う。そうやって私と戦うのだ。タイムリミットはあの時計が示している。時計が12時と指した時に、お前が勝っているか、私が勝っているかで、勝負はつく。これは真剣勝負だ」
川野さんのようで川野さんじゃない女は、その後も正人に剣を振るった。正人は逃げるだけで精いっぱいだった……。