『結城先生。最近、締め切りを守って頂けていないのですが、あまり続くようでしたら、当社との契約を考えなければなりません』

そんな電話が来たのは、正人が締め切りに間に合わせなかった翌日だった。平身低頭で電波の向こうに向かって謝る。

「もうしません! 覚悟を決めました! 今後絶対に締め切りを破ることはしませんから、どうかお願いします!!」

この出版社に切られてしまったら、正人を拾ってくれる出版社は居ない。正人の必死の懇願で、首の皮一枚でつながった作家生命をかけて、正人は夢に立ち向かった。闘技場では女が不敵な笑みを浮かべて待っていた。

「どうだ、私の存在の意味がわかっただろう。お前の『勝ったり負けたりする』などと言う甘っちょろい考えは、改まったか」

川野の顔をした鬼の前で、正人は剣を握り直した。

「……凄く……、……凄く凄く、嫌だけど、僕は作家を続けていきたいんだ……。……君と、真剣勝負をするよ……」

あの、刃が肉を切り裂いた感覚を思い出すと、今でも手が震えそうだ。しかし、今日受けた電話よりも怖いものはない。正人は剣を構え、女に向き直った。女は見下すように正人を見て、それから剣を構えた。

「それで良い。私はお前と戦うために在る。お前を、締め切りを守るという戦いに(いざな)い、真剣勝負をするためにな……」

ざりっと闘技場の床を踏む音がした。女が正人に襲い掛かる。正人は真剣に女の刃を受け、力比べをし、競技場の端に追いやった。

ガキン! と女の剣を跳ね飛ばすと、女はその拍子にドタン! と、後ろに倒れた。正人の刃先が女の顔の前に差し出される。正人は勝ったのだ。

(こうやって、何時までもこの人と戦い続けていかなきゃいけないんだ……)

女に屈辱を与え、川野に何らかの危害を加え続けなければ、正人が作家であり続けることが出来ない。正人が諦めにも似た苦悩を感じた時、女が悔しそうに顔を歪めた。

「……認めよう……。今回は負けた……。今回は負けたが、次は負けない……!!」

そう言って闘技場の床についた手をぎゅっと握る女は、よく見ると正人よりも体は小さい。剣を振るう時はあんなに大きく見えるのに、剣を手放すと、一人の女の人だ。

そう心のゆとりが持てると、正人は女に手を差し伸べた。

「……なに?」
「手が、擦りむけてる。ごめんね、僕の所為で……」

正人は罪悪感と……、それから別の何かが鼓動を鳴らすのを、新鮮味をもって体験していた。

女が正人の手に手を掛けて立ち上がる。そして、少しだけ高い正人の目を見つめて、……微笑んだのだ。

「……今回は負けた……。でも、次は負けない。私は永遠に貴方の、締め切りだから」

ああ、この女性(ひと)とは。そして川野とは。
多分、一生、交われないのだと、その言葉で分かった。




正人が初めて心臓を鳴らした女性(ヘンシュウ)は。






永遠の敵だったのだ――――。