夢で女に会う。昨日白目をむいて、ぴくりとも動かなかったにもかかわらず、今は不敵な笑みを浮かべて剣を持って立っている。女が無事だったことにまず安堵したが、正人にはどうしても確認しなければいけないことがあった。

「君……、川野さんじゃないだなんて言っておいて……、実は川野さんの身代わりだってこと、ないよね!?」

女は正人の言葉を興味なさそうに聞いて、だったらどうする、と短く吐き捨てた。

「だったら、僕は君と本気で戦えないよ!! 現に君を倒した時は、川野さんの身に異変が起きてるんだ!! 川野さんを傷付けるような戦いを、僕はしたくない!! 君だって本気で毎回命を奪われて嬉しいわけがないだろう!?」

正人の叫びに女が冷ややかに応える。

「私は川野などと言う名前ではない。私はお前に締め切りを守らせるためだけに存在し、締め切りが来るたびに何度でもお前と戦う。私とお前の戦いは、お前が作家を止める時まで続くんだ。それが締め切り(ヘンシュウ)と作家の関係じゃないのか」

女の言葉に愕然とした。女は確かに自分のことを『締め切り(ヘンシュウ)』と言った。つまりそれは……、川野と表裏一体だということだ。女の言葉から分かるのは、女を倒さなければ締め切りは守れないが、女を倒せば、一時的にでも川野が傷付く可能性が濃厚だということだ。

正人は今まで二度の女を倒した時の手に残る感触を思いだした。今でもぞっとする、刀が肉を切り裂くときの柄に響いた感触。覗き見た女の顔が白目をむいて生気のない真っ白な色だったこと。不安の芽の大きな黒い影と一体になった、脳裏にこびりついて思い出したくもない真っ黒な悪夢だ。

正人は考えた。なにも、作家人生の中でずっと締め切りを破り続けようと考えているわけではない。しかし、川野を守り、女を守るためには、時には締め切りを破らなければ、締め切りのたびに川野の身に何か起き、女はこと切れなければならない。そんなのは嫌だ。……本当は怖気づいたんだろうって言われたって良い。正人は人が傷付くよりも、自分が怒られる方が何倍も性にあっている。何時もやさしくしてくれる川野と、そして、川野そっくりの女を、いっときでも危険から守ってやれるのだったら、男なら少しくらい頭を下げて謝ることだって、受け入れなきゃいけないじゃないか。

正人は決めた。締め切りのたびに、女と戦う。時に勝利し、時に負ける。勝利した時に女はこと切れ、川野の身に何か起こる予感がするが、女を激しく傷つけなければ川野だってダメージは少ない筈だ。だって、女の心臓を切り裂いたときは心臓に痛みが走ったと言っていたけど、白目をむいて倒れた時は、貧血だと言われた。明らかに、手を抜く方が女にとっても川野にとっても都合がいいのだ。

頻度は五回に一度と決めた。川野そっくりの女が傷付き、倒れ、こと切れる様子もなるべく見たくなかったから、このくらいが限界だ。そうして正人は、夢を見るたびに闘技場へ通い、闘技場の時計が鳴る頃に、勝ったり、負けたりした。女を傷付け、負かす方法も、川野の体への負担も、なんとなく塩梅がつかめてきた頃だった。