ブン! と剣が振るわれる夢の中。女は涼しい顔で正人に切りつけてくる。正人は川野の言葉に力を得て、女に立ち向かっていた。
ガッ! と刃を合わせて鍔迫り合いに持ち込む。力勝負なら細い女の腕の力よりも、男である正人の腕の力が勝る。ぐいぐいと柄を押し込んで行って、女を闘技場の外に弾き飛ばした。ドサッとあおむけに倒れた女の手からは刀が転げ落ち、女は闘技場の外枠のレンガの上に腰を引っ掛け、そこから奈落の底まであるのかと思う程の深くて見えない底へと上体をダラリと垂らした。真っ黒な淵に吹きすさぶ風が女の髪を揺らし、そんな息のしにくい態勢でずっといなくても……、と思った正人が女の方に歩み出ると、……女は白目をむいていた。
「ひ……っ!」
体に傷らしきものはないが、まるでこと切れてしまった亡骸のようにぴくりとも動かない女を見て、正人は本能的にぶるりと体を震わせ、腕を手でさすった。
女の顔に、やさしい川野の姿が被る。どうして……自分はあのやさしい川野の顔をしたこの女を傷付け、殺さなければならないのだろう……。
恐ろしくて辛くて、……そして寂しくて、体の震えが心に伝染し、正人はその場に立ち尽くしてはらはらと泣いた。生来引っ込み思案だった正人の心の発露の先が小説を書くことだった。その小説を、川野は褒めて、伸ばしてくれた。その女性と同じ顔をした……、この女を傷付けなければならないこの夢の中の理に、正人の胸の中には無念さと煢然たる思いが去来した。
しかし、兎に角、女も時間内に倒したし、女の生き死には定かではないが川野は元気で居てくれると約束したし、もう起きても怖いものはない。昨日のようなことは繰り返さないとばかりに闘技場を後にすると、正人は急速に目覚めを確信した。
「……、…………」
ぽかり、と目が開くとパソコンを前に少し転寝をしていただけだった。カーソルの位置を確認し、そこまで書いてきた文章をもう一度読み直すと、頭の中にこの先の情景が浮かび上がって、それを表現する色とりどりの言葉たちが正人の指に宿って乱舞した。カタカタとキーを叩き続け、結局締め切りを16時間過ぎて、正人は原稿を川野に送った。これで安心できる。正人は転寝で固くなった体をストレッチでほぐすと、布団の中にもぐりこんだ。