『結城先生、どうされたんですか? 昨日はあと少しで完成するとご連絡を頂いておりましたが……』
川野の言葉に返す言葉もない。声を荒げることなく正人のことを責める川野は、怒るときに怒鳴り散らした父親よりも怖い。正人は、もうしません! とスマホに頭を下げて土下座した。
「もうこれ以上締め切りは破りません! 理由はなんとなく分かっているんです! ただ……、自分の中に不安があって……」
『ご不安ですか……? なにか私に出来ることはありますか?』
川野の申し出に正人は飛びついた。
「そりゃあもう! ただひたすら、川野さんは健康で居て下さったら、それでいいんです! 僕の励みになりますから!!」
あの女を傷付けることと、川野の無事は、無関係でなくてはならない。川野さえ傷付かなければ、夢で逢う女を、何度となく切りつけることなんて、締め切りを破ることに比べたら、全然怖くない。川野は正人の必死の言葉に、ふふっ、なんですか? それは、と笑ったうえで、
「私もこの前みたいな痛みはもう嫌ですからね。ストレスかもしれないと思って、最近ヨガを始めたんですよ。なかなか気分転換になって、ストレス発散にも良いです。この先も健康であり続けて、結城先生のお仕事をサポートさせてくださいね」
そう、頼もしい言葉を正人に届けてくれた。
これで安心して女と戦える。正人は原稿に向き直った。