紅華と小絲が人力車を降りると、すぐに松本が近づいてきて、車夫にチップを渡した。四十歳になるかならないかといった年齢の松本は、品の良い洋装姿で、元は農民だったとは思えない洗練された雰囲気を持っている。

「乗り心地はいかがでしたか?」

「へえ。楽ちんどした」

「おおきに」

 小絲と紅華は揃って松本に頭を下げる。

「賑やかどすね」

 小絲が周囲を見回してそう言うと、松本は、

「我が国の産業の発展と振興を示す一大イベントですからね。今回の博覧会は、本来は東京で開催される予定でしたが、震災があったので、京都で開かれることになったようですよ」

 にこやかに説明をしてくれる。

「博覧会ゆうのは初めて来ました。何があるんどすか?」

 紅華が問いかけると、松本は、

「各都道府県の名産品を紹介する館や、満州や台湾を紹介する館、最新の機械を展示する館、美術工芸品を展示する館、子供向けのお伽の国や、大丸呉服店の売店などもありますよ。さあ、行きましょうか」

 と、促した。紅華と小絲は、松本の両側について歩いて行く。今日の紅華と小絲は、座敷に出る時のだらりの帯の着物姿ではなく、普段着用の着物だったが、二人の髪型から舞妓だと分かるのか、すれ違う人々が、ちらちらと視線を向けてくる。紅華は見られ慣れているのでどうとも思わないが、松本は不快なのではないかと思って顔を見上げると、

「どうかされましたか? 紅華さん」

 と、涼しい笑みが返って来た。

(気にしてはらへんみたいや。舞妓を連れて歩くんも、甲斐性いうことやね)

 堂々とした様子の松本に「さすが」と感心する。

 松本が「ぜひ見たい館がある」と言うので素直に付いていくと、そこは第三会場の機械館だった。

「京都を代表する企業の最先端技術が展示されているんですよ」

(これが、企業の最先端?)

 中に入り、紅華は目をぱちぱちと瞬かせた。会場内は、企業ごとに区画が分かれており、発電機や、織機、電動機、印刷機、精米機などといった機械が展示されていた。来場者は、皆、熱心に機械類を眺めているが、紅華には、それがどのようにすごいものなのかが分からない。

「ふむ、島津製作所の最新鋭の電動機か……」

 松本は一つ一つの展示の前に立ち、じっくりと説明書きを読んでいる。小絲も紅華と同じく機械のことなど分からないはずだが、松本のそばに立ち、興味のあるふりをして、話を聞いていた。

(うちには、こういうものはようわからしまへん)

 紅華は早々に飽きてしまい、一人で、さっさと会場内を回り出した。