「……ごめん、やっぱりなんで恋人役が必要なのか、わかんないんだけど」
詩乃と過ごした日々を思い返していたら、夏輝に邪魔された。この場合は、邪魔されてよかったと思うべきなのかもしれない。
それにしても、一人でじっくり考えてから質問してきたということは、本当に理解できなかったということなんだと思う。
「詩乃はきっと、私に恋人がいないのを気にする。自分だけ幸せになるのは抵抗があるとか言って。でも、好きな人にいろんな人を紹介されることほど、つらいことはないでしょ?」
これに関しては共感してくれているのか、夏輝が言葉に困っているのがわかる。
誰かに理解してもらえたということだけで、少しだけ気が楽になった。
「だから、私にはもう相手がいるから気にしないでって言いたいの。で、説得力を増すために、夏輝に来てもらったの」
夏輝はなにも言わないけど、この説明で本当に納得してくれたみたいだ。
「咲月姉の恋愛対象が、同性だったなんて知らなかった」
夏輝の中で今の話題は終わったらしい。私としては急な話題転換に驚いた。
「同性が好きなんじゃなくて、好きになった人が同性だったの」
私だって、女の子を好きになるなんて思っていなかった。でも、気付いたときにはどうしようもできないくらい、好きになっていたんだ。
「気持ちは? 伝えたの?」
無神経だと思ったけど、その表情が真剣そのものだったから、その文句は言えなかった。
「まさか。あの子を困らせるだけだし、言ってないよ」
そもそも、この思いは一生隠して殺し続けるって決めている。伝える気はない。
「いいのかよ」
夏輝は見たことがないくらい、真剣な表情をしている。夏輝にはその気がなくても、責められているような気分になった。
私だって、自分の気持ちを殺すことが、私にとってのいいこととは思えないし、そんなことはわかっている。
だけど、自分の思いに正直に生きられる年齢じゃなくなったし、どうしようもないことってあると思う。
「夏輝にはいないの? 傷付いてもいいから、好きでいたいって思える人」
夏輝の今の言葉に言い返してしまうと、我慢していられなくなると思うから、夏輝の話題に変えた。
夏輝はぎこちなく視線を動かす。
「……いる」
「じゃあ、私の気持ちもわかるでしょ」
そのとき、詩乃の周りに人がいなくなったのが見えた。若干困った表情をしたままの夏輝の腕を引いて、詩乃のところに行く。
「詩乃、結婚おめでとう」
その奥にいる広瀬空には、話しかける気すらなかった。そして詩乃は目を丸めた。その表情すらも愛しく思える。
「ありがとう、咲月ちゃん。それで……もしかして咲月ちゃんの彼氏さん?」
詩乃はまるで不審人物を見るかのような目で夏輝を見た。
詩乃から『彼氏』というワードが出たのはありがたい。やっぱり、自分から夏輝を彼氏だとは言いにくかった。
「まあね。詩乃に幸せ自慢されてばっかりだったから、ちょっと仕返し?」
「そっか。まさか私の結婚式でそんな自慢をするなんて思ってなかったけど、なんか安心した」
それが聞けて、私も安心だ。安心したはずなのに、上手く笑えている自信がなかった。
すると、私の震えていた手は、詩乃の小さな手に包まれた。そこで初めて、指先が冷たくなっていたことに気付いた。
「……咲月ちゃん、ごめんね。ありがとう」
詩乃の切ない瞳と、消えてしまいそうな声で、なんとなく感じ取った。
詩乃はきっと、気付いていたんだ。私の偽りの笑顔と、私の気持ちに。
それがわかって、酷く心が傷んだ。鈍くなんてなっていなかった。今にも泣きそうだ。
でも、まだ泣くな。詩乃の前では、絶対に泣かない。笑え。
そう言い聞かせても、視界は歪んでいった。
「じゃあ、俺たちはこの辺で。行こう」
夏輝に腕を引かれ、その場を離れる。詩乃の顔はもちろん、すれ違う人たちの顔も見れなかった。
「もういいよ」
会場を出て、夏輝に言われた。それを合図として、私の涙は溢れ出した。声も、我慢できなかった。
こうなることはわかっていた。でも、やっぱり耐えられなかった。
傷付く覚悟はあっても、傷付いて平気なわけじゃなかった。
好きだよ、詩乃。今はまだ、詩乃の隣で心から笑うことはできないだろうけど、いつか、また詩乃と一緒に笑いたい。
それができるようになるまで、どうか私以外の人の隣で幸せでいて。
詩乃と過ごした日々を思い返していたら、夏輝に邪魔された。この場合は、邪魔されてよかったと思うべきなのかもしれない。
それにしても、一人でじっくり考えてから質問してきたということは、本当に理解できなかったということなんだと思う。
「詩乃はきっと、私に恋人がいないのを気にする。自分だけ幸せになるのは抵抗があるとか言って。でも、好きな人にいろんな人を紹介されることほど、つらいことはないでしょ?」
これに関しては共感してくれているのか、夏輝が言葉に困っているのがわかる。
誰かに理解してもらえたということだけで、少しだけ気が楽になった。
「だから、私にはもう相手がいるから気にしないでって言いたいの。で、説得力を増すために、夏輝に来てもらったの」
夏輝はなにも言わないけど、この説明で本当に納得してくれたみたいだ。
「咲月姉の恋愛対象が、同性だったなんて知らなかった」
夏輝の中で今の話題は終わったらしい。私としては急な話題転換に驚いた。
「同性が好きなんじゃなくて、好きになった人が同性だったの」
私だって、女の子を好きになるなんて思っていなかった。でも、気付いたときにはどうしようもできないくらい、好きになっていたんだ。
「気持ちは? 伝えたの?」
無神経だと思ったけど、その表情が真剣そのものだったから、その文句は言えなかった。
「まさか。あの子を困らせるだけだし、言ってないよ」
そもそも、この思いは一生隠して殺し続けるって決めている。伝える気はない。
「いいのかよ」
夏輝は見たことがないくらい、真剣な表情をしている。夏輝にはその気がなくても、責められているような気分になった。
私だって、自分の気持ちを殺すことが、私にとってのいいこととは思えないし、そんなことはわかっている。
だけど、自分の思いに正直に生きられる年齢じゃなくなったし、どうしようもないことってあると思う。
「夏輝にはいないの? 傷付いてもいいから、好きでいたいって思える人」
夏輝の今の言葉に言い返してしまうと、我慢していられなくなると思うから、夏輝の話題に変えた。
夏輝はぎこちなく視線を動かす。
「……いる」
「じゃあ、私の気持ちもわかるでしょ」
そのとき、詩乃の周りに人がいなくなったのが見えた。若干困った表情をしたままの夏輝の腕を引いて、詩乃のところに行く。
「詩乃、結婚おめでとう」
その奥にいる広瀬空には、話しかける気すらなかった。そして詩乃は目を丸めた。その表情すらも愛しく思える。
「ありがとう、咲月ちゃん。それで……もしかして咲月ちゃんの彼氏さん?」
詩乃はまるで不審人物を見るかのような目で夏輝を見た。
詩乃から『彼氏』というワードが出たのはありがたい。やっぱり、自分から夏輝を彼氏だとは言いにくかった。
「まあね。詩乃に幸せ自慢されてばっかりだったから、ちょっと仕返し?」
「そっか。まさか私の結婚式でそんな自慢をするなんて思ってなかったけど、なんか安心した」
それが聞けて、私も安心だ。安心したはずなのに、上手く笑えている自信がなかった。
すると、私の震えていた手は、詩乃の小さな手に包まれた。そこで初めて、指先が冷たくなっていたことに気付いた。
「……咲月ちゃん、ごめんね。ありがとう」
詩乃の切ない瞳と、消えてしまいそうな声で、なんとなく感じ取った。
詩乃はきっと、気付いていたんだ。私の偽りの笑顔と、私の気持ちに。
それがわかって、酷く心が傷んだ。鈍くなんてなっていなかった。今にも泣きそうだ。
でも、まだ泣くな。詩乃の前では、絶対に泣かない。笑え。
そう言い聞かせても、視界は歪んでいった。
「じゃあ、俺たちはこの辺で。行こう」
夏輝に腕を引かれ、その場を離れる。詩乃の顔はもちろん、すれ違う人たちの顔も見れなかった。
「もういいよ」
会場を出て、夏輝に言われた。それを合図として、私の涙は溢れ出した。声も、我慢できなかった。
こうなることはわかっていた。でも、やっぱり耐えられなかった。
傷付く覚悟はあっても、傷付いて平気なわけじゃなかった。
好きだよ、詩乃。今はまだ、詩乃の隣で心から笑うことはできないだろうけど、いつか、また詩乃と一緒に笑いたい。
それができるようになるまで、どうか私以外の人の隣で幸せでいて。