◆
それは、唐突にやって来た。
「咲月ちゃん、私、彼氏ができた」
高校二年生の夏ごろ、詩乃は満面の笑みで報告してきた。あれは朝の出来事だったと思う。詩乃は挨拶をするよりも先に言ってきた。まさに、幸せを振りまいているようだった。
「詩乃、嘘はよくない」
それまで恋愛のれの字も知らないような生活を送っていたから、私は素直に信じなかった。
詩乃はわかりやすく膨れた。
「嘘じゃないもん。ほら」
詩乃が見せてくれたスマホの画面には、詩乃と私が知らない男の、笑顔のツーショットが写っている。
「知らない人と写真撮ったの?」
「だから、彼氏だって」
詩乃はそう言いながら、自分でもスマホの画面を見た。さっき以上ににやけている。どうやら詩乃が言っているのは本当のことらしい。
詩乃に恋人ができたという事実を受け入れようとしたけど、胸が締め付けられるような感じがした。
このときは、幼馴染が知らない誰かに取られてしまったことに対して、寂しく思ったのだろうとしか思っていなかった。
「咲月ちゃんは会ったことないよね」
「知らない人だもん」
「その、知らない人って言い方、少し嫌だ」
そう言われても、実際に知らない人だし、他に言いようがない。
詩乃の言い分に困っていたら、詩乃は何か閃いた顔をした。
「今日、会ってみない?」
気が乗らなかった。だけど、断る理由もなかった。
そしてその日の放課後、詩乃と教室にいたら、一人の男子生徒がやって来た。今朝、見せてもらった写真で、詩乃の隣で笑っていた人だ。
「広瀬君」
彼に気付いた詩乃は、彼の元にかけよった。元気に動く、犬のしっぽが見える。詩乃がその人のことを本当に好きなのだということは、それだけで十分だった。
そして詩乃は彼の腕を引っ張って、私の目の前に立った。
詩乃が小さいからか、それとも私が座っているからか、彼がとても大きく見える。黒髪の短髪がよく似合う、爽やかそうな人だ。
「紹介するね。私の幼馴染の東咲月ちゃん。咲月ちゃん、この人が私の彼氏の広瀬空君だよ」
私たちはお互いに軽く頭を下げる。
「東さんのことは、詩乃から聞いてるよ。かけがえのない親友だって」
詩乃が私のことを話してくれていたことは嬉しかったけど、それ以上に、彼が詩乃のことを下の名前で呼んだことに、違和感を覚えた。でも、その気持ちの正体はまだわかっていなかった。
「なんだか照れるね」
詩乃は言葉通り、照れ笑いを見せる。
この笑顔は、今までに見たことがないものだった。十年以上一緒にいて、初めて知ることがあったのは、ショックだった。
「咲月ちゃん?」
詩乃が心配そうな顔をして私を見ていることで、私は自分が笑えていなかったことに気付いた。
そうか。私は、詩乃に恋人ができて寂しいんだ。詩乃が誰かのものになったのが嫌なんだ。ずっと、私の隣で笑っていてほしかったんだ。
この胸の痛みも、きっと嫉妬というものだろう。
自分でも信じられないけど、私は詩乃のことが好きなんだ。
だけど、それを自覚したところで、なにも変えられない。むしろ、変えてはいけないと思った。
私はなんとかして口角を上げた。
「こんなにかっこいい人が彼氏なんて、羨ましい」
そして、私は嘘の笑顔で、偽りの言葉を並べた。
まさか詩乃にそんなことをする日が来るなんて思ってもいなかった。したくなかったけど、そうするしかなかった。
「ありがとう」
純粋な詩乃が信じてくれたことが唯一の救いだった。
その日を境に、詩乃の隣にいるのがつらくて仕方なかったのを、今でも覚えている。
だけど、どんな理由があっても詩乃の隣にいたかったから、心がどれだけ痛んでも、それを隠して詩乃のそばにいた。
ずっと、ちゃんと笑えているのかわからなかった。でも、詩乃にはなにも言われなかったから、たぶん笑顔の仮面を作るのが上手くなっていたんだと思う。
詩乃への気持ちをひた隠しにして、今年で五年目。心は痛みに鈍感になっていた。
◆
それは、唐突にやって来た。
「咲月ちゃん、私、彼氏ができた」
高校二年生の夏ごろ、詩乃は満面の笑みで報告してきた。あれは朝の出来事だったと思う。詩乃は挨拶をするよりも先に言ってきた。まさに、幸せを振りまいているようだった。
「詩乃、嘘はよくない」
それまで恋愛のれの字も知らないような生活を送っていたから、私は素直に信じなかった。
詩乃はわかりやすく膨れた。
「嘘じゃないもん。ほら」
詩乃が見せてくれたスマホの画面には、詩乃と私が知らない男の、笑顔のツーショットが写っている。
「知らない人と写真撮ったの?」
「だから、彼氏だって」
詩乃はそう言いながら、自分でもスマホの画面を見た。さっき以上ににやけている。どうやら詩乃が言っているのは本当のことらしい。
詩乃に恋人ができたという事実を受け入れようとしたけど、胸が締め付けられるような感じがした。
このときは、幼馴染が知らない誰かに取られてしまったことに対して、寂しく思ったのだろうとしか思っていなかった。
「咲月ちゃんは会ったことないよね」
「知らない人だもん」
「その、知らない人って言い方、少し嫌だ」
そう言われても、実際に知らない人だし、他に言いようがない。
詩乃の言い分に困っていたら、詩乃は何か閃いた顔をした。
「今日、会ってみない?」
気が乗らなかった。だけど、断る理由もなかった。
そしてその日の放課後、詩乃と教室にいたら、一人の男子生徒がやって来た。今朝、見せてもらった写真で、詩乃の隣で笑っていた人だ。
「広瀬君」
彼に気付いた詩乃は、彼の元にかけよった。元気に動く、犬のしっぽが見える。詩乃がその人のことを本当に好きなのだということは、それだけで十分だった。
そして詩乃は彼の腕を引っ張って、私の目の前に立った。
詩乃が小さいからか、それとも私が座っているからか、彼がとても大きく見える。黒髪の短髪がよく似合う、爽やかそうな人だ。
「紹介するね。私の幼馴染の東咲月ちゃん。咲月ちゃん、この人が私の彼氏の広瀬空君だよ」
私たちはお互いに軽く頭を下げる。
「東さんのことは、詩乃から聞いてるよ。かけがえのない親友だって」
詩乃が私のことを話してくれていたことは嬉しかったけど、それ以上に、彼が詩乃のことを下の名前で呼んだことに、違和感を覚えた。でも、その気持ちの正体はまだわかっていなかった。
「なんだか照れるね」
詩乃は言葉通り、照れ笑いを見せる。
この笑顔は、今までに見たことがないものだった。十年以上一緒にいて、初めて知ることがあったのは、ショックだった。
「咲月ちゃん?」
詩乃が心配そうな顔をして私を見ていることで、私は自分が笑えていなかったことに気付いた。
そうか。私は、詩乃に恋人ができて寂しいんだ。詩乃が誰かのものになったのが嫌なんだ。ずっと、私の隣で笑っていてほしかったんだ。
この胸の痛みも、きっと嫉妬というものだろう。
自分でも信じられないけど、私は詩乃のことが好きなんだ。
だけど、それを自覚したところで、なにも変えられない。むしろ、変えてはいけないと思った。
私はなんとかして口角を上げた。
「こんなにかっこいい人が彼氏なんて、羨ましい」
そして、私は嘘の笑顔で、偽りの言葉を並べた。
まさか詩乃にそんなことをする日が来るなんて思ってもいなかった。したくなかったけど、そうするしかなかった。
「ありがとう」
純粋な詩乃が信じてくれたことが唯一の救いだった。
その日を境に、詩乃の隣にいるのがつらくて仕方なかったのを、今でも覚えている。
だけど、どんな理由があっても詩乃の隣にいたかったから、心がどれだけ痛んでも、それを隠して詩乃のそばにいた。
ずっと、ちゃんと笑えているのかわからなかった。でも、詩乃にはなにも言われなかったから、たぶん笑顔の仮面を作るのが上手くなっていたんだと思う。
詩乃への気持ちをひた隠しにして、今年で五年目。心は痛みに鈍感になっていた。
◆