「私、その猫に名前つけようと思って! さんちゃんとかどうかなぁ?」
「いや、どうかなって言われても……」
俺、その猫見たことないし。見た前提で話を進めるなよ。
「さんちゃんはね、七三分けなの。だから〝三〟をさんちゃんって呼ぶことにしたんだ!」
俺が尋ねてもいないことを勝手にしゃべりだすから、さすがの俺も頭が痛くなる。まるで頭の中で除夜の鐘が鳴り響いているみたいだ。
「なんか、幹太みてーな名前だな」
今まで国崎に質問責めを食らっていた亮介が復活して会話の中に乱入すると、余計な言葉を落とす。
〝かんちゃん〟と〝さんちゃん〟
……似てなくも、ない。
だけど当然嬉しくない。
「これから俺、かんちゃんって呼ぼうかなぁ」
そんなことを言いながら俺の肩に手を乗せる亮介。どうやら調子にのっているらしい。
「いいね、それ! 私も呼ぼうかなぁ」
そもそも彼らとこんなに親しくなったつもりはない。俺は心を許したつもりもなければ名前で呼ぶことだって許してないし、ましてや親友ですらない。一方的に懐いてきて、尻尾振ってるだけだ。
「亮介の好きなやつ……」
そこまで言いかけると「うわぁっ!」声をあげながら俺の口を手で覆う亮介の表情は、焦りと羞恥の二つが滲んで見えた。
「……ちかいっつーの」
「だだだ、だって幹太がさぁっ…!」
当然のように俺のことを〝幹太〟と呼ぶ。
……なんだろう、この感じ。昔、どこかで似たような感情を抱いていた時期が俺にもあるはずなのに。
「二人とも何してるの?」
亮介の背後に見える国崎は、キョトンとしたまま俺たちを見つめていた。
「なななっ、何でもない!」
歯切れの悪い返事をした亮介の顔は、りんごのように真っ赤に染まっていた。
その表情を見れば答えなんて分かりそうなものだけど、どうやら国崎は鈍感らしい。
そして休み時間が終わる前、当然俺は、〝かんちゃん〟呼びを禁止したのだった。