「もう一つ食べていいのよ」
「母さんは?」
「私はそんなに食べられないから」

 もう一つ渡された。結局俺が剥いたりんごの大半を食べた。
 最後の一口を食べ終わると「お腹いっぱい」と微笑んだ。母さんが食べたのは、二つだけだった。

「そういえば、ばあちゃんから電話あったよ。母さんは大丈夫かって心配してた」
「やだ、もうお母さんたら……私はお父さんの方が心配なのに」

 じいちゃんは今年で八十歳。こっちへ引っ越して来る前に会いに行ったら今度手術をすると言っていた。難しい手術じゃないから心配するなと、言っていたけれど。娘である母さんからしたら自分のことよりも心配なんだろう。

「じいちゃん大丈夫って言ってたよ。手術は無事成功したって」
「あら、ほんと? よかったわあ」

 ホッと安堵して起こしているベッドにぽすっと頭をつけた。「あとで電話してみようかしら」そう言って微笑んだ。

 今日も母さんの顔色は良さそうでホッとする。

 ふとしたときに思うんだ。母さんの病気の進行が遅くなって、もしかしたらこのまま母さんの病気が治るんじゃないかって。そんなことを願ってしまうんだ。

 ──願わずにはいられなかった。

「最近の学校はどう?」
「んー、まぁなんとかやってるよ」
「お友達は?」
「ふつーって感じかな」

 転校してきて二週間くらい経つけれど、いまだにつるむ相手はいない。ただ代わりに、厄介な二人に目をつけられたけれど。ある理由で。

「仲良くやっていけそうかしら?」
「まぁ、なんとかやっていけるんじゃないかな」
「幹太ったらいつもそればかりねえ」

 部活のことを母さんに言ったらきっと喜んでやりなさいと言うだろう。俺の背中を押すだろう。母さんはふつうの青春を望んでいる。俺が楽しく過ごすことを、ふつうの高校生活ができることを望んでいる。
 だけど、中学一年の頃から俺はふつうの青春を諦めた。そしてその日から自分を責め続けている。昔も、そして今も。

「だってさ、まだこの町に来て二週間しか過ぎてないから」
「それはそうかもしれないけど、幹太の口からまだお友達の名前聞いてないわ」

 友達と呼べるか分からないようなやつらはいるけれど、母さんの前で二人を〝友達〟だと認定してしまえばあとが面倒になりそうだ。

「それに幹太ってば学校のこと教えてくれないじゃない。前の学校のことだって私何も知らないし」
「特に話すようなこともなかっただけだよ」