「あたしずっと、まわりの目を気にしてたの。笑顔でいたのも、あたしが毎日楽しそうに見えるかなって思ってただけ。誰とでも話してたのも、いい子に見えるかなって」

 ノートでまわりを気にしている、ということは知っていたけれど、そんなふうに見えたことはなかった。

 じゃあ、ずっと無理して笑っていたってことだろうか。
 ――おれは、それに気づかなかった?

「あたし、からっぽなの。ミーハーで、笑って誤魔化して、まわりの目を気にしてばっかりなの」
「それ、は」

 ノートで聞いていたことだ。でも、知ってる、とは言えない。

「だから、この前、それも好きなことだって言ってもらえてうれしかった」
「だったら」
「でも、景くん昔は、そういうのいやがってたよね。あのころから、あたしはかわってないんだよ。そして、あのころの景くんは、そんなあたしを好きじゃなかったはず」

 なんの話をしているのだろう。
 あのころ、中学のとき、おれは美久が好きだった、と、思う。

 面倒だとか、うっとうしい、と思ったことはあるけれど、好きじゃないと思ったことはない。きらいだ、と思っても、好きじゃない、にはならない。

 イライラする。
 わかんねえ。美久の言っていることは全部、わからないんだよ。

「デートでずっと不機嫌だったでしょ」
「あ、あれは」

 ただ、恥ずかしかっただけ。パステルカラーのカフェは居心地が悪いし、ふたり並んで歩くことも、緊張していた。こういうとき、手をつなぐべきかどうかを、ずっと悩んでいた記憶もある。

 それだけのことだ。
 っていうか、おれのそんな態度に、美久が嫌気をさしたんじゃないのか?

「あのときと、あたしは同じ」

 そう言ってから、美久は再び傘で顔を隠して歩きだした。

「勝手におれの気持ちを決めつけんなよ。なんなんだよ一体!」

 ぐいと美久の肩を掴む。
 見開いた美久の瞳に、おれが映り込む。

「美久が言ってること全然わかんねえんだけど。なんなの。好きだって言ってんだろ。おれが好きだって言ってんのになにが問題なんだよ」
「わかってるよ!」

 わかってねえからそんなことが言えるんじゃねえか。
 いつの間にか、自分が持っていたはずの傘が地面に転がっている。雨が空から針のように降ってきて、全身が痛い。ひりひり、ちくちく、する。

「本当にあたしと一緒にいて楽しかったの?」
「そうだよ」
「ウソつき」

 美久がおれを睨めつける。
 なんでそんなふうに睨まれなくちゃいけないのか。
 そう思うのに、声が出なかった。

「楽しいわけないじゃん。あたしが楽しいことばっかりなんだもん。あたしと景くんは一緒じゃないのに」
「でも!」
「それでもうれしかったよ!」

 なんだ、それ。
 美久は顔を歪ませる。涙を必死にこらえて、口を固く結んで、おれを見る。

「だから、つらいんだよ」

 声を絞り出す美久に、喉が萎む。
 息を吐き出すだけで、目頭が熱くなってくる。

「あたしのために、つき合おうって言ってくれてありがとう。好きだって言ってくれたのもうれしかった」

 美久は、なにを言おうとしているのか。
 わかっている。おれはもう気づいている。
 でも気づかないふりをして話を終わらせたい。

「美久」
「本当のあたしは、景くんが好きになってくれたあたしじゃないの。それでもうれしいけど、でも、景くんに無理をさせてまでつき合い続けたくない」

 無理、という言葉に反応してしまうおれに、美久は気づいたのだろうか。

 ぴたりと足を止めて、一拍おいてから振り返った。

「あたしも景くんのことが好きだから」

 そんな、やさしさからの『好き』なんか言わなくてもいいのに。
 べつに好きじゃなくてもよかった。美久がおれを好きじゃないのはわかっていた。

 それでもいいと承知の上だったのだから。

「景くんは、景くんの好きなことを、してほしい」
「してるつもりだよ」
「昔と全然ちがうじゃん。落ち着かないカフェなんて好きじゃないでしょ。甘い物も本当は苦手なんじゃない? 映画だって、本当に面白かった?」

 そう言われると、そのとおりだ。
 いや、でも。

「そんなの、あたしがうれしくないの。あたしがいやなの」

 はっきり言われると、それ以上否定できなかった。