「でも、今日はお兄ちゃんになにも言ってないし、もう遅いし、帰るよ」
「ああ、そうだな」
ってことは、次の約束を交わしたほうがいいのだろうか。明日とか? でも、明日では今日と同じように一時間も美久を待たせてしまうことになる。
木曜日なら、同じ時間に授業が終わるけれど。一緒に帰るのって、週に一回でいいものなのか? もしくは朝一緒に学校に来る約束をしたほうがいいのかもしれない。たしかジンは同じ電車に乗るわけでもないのに駅で待ち合わせしてるよな。
中学のころは、つき合っていることを誰にも言わなかった。
でも、今はちがう。おれが教室で堂々と告白したから、ほとんどの生徒がおれたちの関係を知っている。
それに美久なら、そういう恋人同士で登下校、というシチュエーションに憧れているんじゃないか? 昔からドラマとか漫画とかの恋愛に興味津々だったし、よく『漫画みたいなデートがしたい』とか『ドラマで出てきたセリフを言ってほしい』とリクエストしてきた。そういうものにまったく興味がなかったし、なんでそんな恥ずかしいことをさせられなくちゃいけないのかと、まともに聞いたことはないけれど。美久に懇願されるたびに『他人や世間は関係ないだろ』『なんで真似をしたいんだよ』と言って避けていた。
正直今も決してやりたいとは思わない。美久が夢見るシーンって大体漫画やドラマじゃないと許されないような、歯が浮くセリフを口にするからなあ。
何度か美久に押しつけられて読んだ少女漫画を思い出し、ぞっとする。
でもここは、なんとか……できる範囲で……。
ジンを参考にして頑張るか。わかりやすさではおれの知る限りトップレベルの単純正直者だ。あいつにアドバイスを貰うのは癪だけれど、明日さりげなくどういう付き合いをしているのか聞いて、今後に活かしていこう。
今は、おれが無知すぎるので、なにもしないことを選んだ。
そうじゃない、と交際初日に思われるのは幸先が悪い。
昔のように美久からあれがしたいこれがしたいと言われたら、最善を尽くすことにする。
「ねえ、本当にいいの?」
「っえ、なにが」
しまった。つい考え込んで無言になってしまった。
気を遣ったような美久の口調に、無理に明るい声で返事をする。美久の目はどこかおれを訝しんでいた。
「本当に、あたしとつき合うの?」
「おれは、そのつもりだけど」
街灯に、美久の不安げな顔が照らされる。
その顔をさせてしまっているのが自分であることに、不甲斐なさを感じる。
もしかしたら、美久はおれとつき合ったことをすでに後悔しているかもしれない。やや強引だったから、落ち着いて考えると取り消したくなるのも不思議なことじゃない。おれのことを信じられなくて、やっぱり無理だと思ったのかも。こうしておれの帰りを待っていたのも、つき合う話を取り消すためだったのでは。
いやな予感ばかりが頭をよぎる。
やめてくれ。もうちょっとおれにチャンスをくれ。
足を止めて美久に向かい合う。
「美久は、いやなのか?」
頼むから、そうじゃないと言ってほしい。
おれはまだ、なにもしていない。
内心で必死に美久に懇願しながら、落ち着いた声色で美久に訊いた。美久は体を小さく震わせて立ち止まり、静かに首を左右に振る。
「景くんが後悔してるんじゃないかと思っただけ」
「なんでおれが。それを言うなら美久だろ」
だって、おれに弱みをつけ込まれて、好きでもないおれとつき合うことになったのだから。
「あたしは、しないよ」
「じゃあいいじゃん」
そう言っても、美久はどこか迷いを抱いているのが表情からわかる。
なにかを言おうとしているのか、口が小さく動く。けれど言葉にはしない。
「おれは、美久が好きだから、つき合っていたい」
なるべく自然に〝好き〟を口にする。
こういうのは伝えたほうがいい、と美久との交換日記でわかったことだ。
「……でも」
「まあ、信じられないよな、すぐには」
はは、と笑ってみせると、美久は顔を歪ませる。今にも泣きだしそうに目を潤ませて「なんで」とか細い声で呟いた。
「なんでって言われてもな」
「ああ、そうだな」
ってことは、次の約束を交わしたほうがいいのだろうか。明日とか? でも、明日では今日と同じように一時間も美久を待たせてしまうことになる。
木曜日なら、同じ時間に授業が終わるけれど。一緒に帰るのって、週に一回でいいものなのか? もしくは朝一緒に学校に来る約束をしたほうがいいのかもしれない。たしかジンは同じ電車に乗るわけでもないのに駅で待ち合わせしてるよな。
中学のころは、つき合っていることを誰にも言わなかった。
でも、今はちがう。おれが教室で堂々と告白したから、ほとんどの生徒がおれたちの関係を知っている。
それに美久なら、そういう恋人同士で登下校、というシチュエーションに憧れているんじゃないか? 昔からドラマとか漫画とかの恋愛に興味津々だったし、よく『漫画みたいなデートがしたい』とか『ドラマで出てきたセリフを言ってほしい』とリクエストしてきた。そういうものにまったく興味がなかったし、なんでそんな恥ずかしいことをさせられなくちゃいけないのかと、まともに聞いたことはないけれど。美久に懇願されるたびに『他人や世間は関係ないだろ』『なんで真似をしたいんだよ』と言って避けていた。
正直今も決してやりたいとは思わない。美久が夢見るシーンって大体漫画やドラマじゃないと許されないような、歯が浮くセリフを口にするからなあ。
何度か美久に押しつけられて読んだ少女漫画を思い出し、ぞっとする。
でもここは、なんとか……できる範囲で……。
ジンを参考にして頑張るか。わかりやすさではおれの知る限りトップレベルの単純正直者だ。あいつにアドバイスを貰うのは癪だけれど、明日さりげなくどういう付き合いをしているのか聞いて、今後に活かしていこう。
今は、おれが無知すぎるので、なにもしないことを選んだ。
そうじゃない、と交際初日に思われるのは幸先が悪い。
昔のように美久からあれがしたいこれがしたいと言われたら、最善を尽くすことにする。
「ねえ、本当にいいの?」
「っえ、なにが」
しまった。つい考え込んで無言になってしまった。
気を遣ったような美久の口調に、無理に明るい声で返事をする。美久の目はどこかおれを訝しんでいた。
「本当に、あたしとつき合うの?」
「おれは、そのつもりだけど」
街灯に、美久の不安げな顔が照らされる。
その顔をさせてしまっているのが自分であることに、不甲斐なさを感じる。
もしかしたら、美久はおれとつき合ったことをすでに後悔しているかもしれない。やや強引だったから、落ち着いて考えると取り消したくなるのも不思議なことじゃない。おれのことを信じられなくて、やっぱり無理だと思ったのかも。こうしておれの帰りを待っていたのも、つき合う話を取り消すためだったのでは。
いやな予感ばかりが頭をよぎる。
やめてくれ。もうちょっとおれにチャンスをくれ。
足を止めて美久に向かい合う。
「美久は、いやなのか?」
頼むから、そうじゃないと言ってほしい。
おれはまだ、なにもしていない。
内心で必死に美久に懇願しながら、落ち着いた声色で美久に訊いた。美久は体を小さく震わせて立ち止まり、静かに首を左右に振る。
「景くんが後悔してるんじゃないかと思っただけ」
「なんでおれが。それを言うなら美久だろ」
だって、おれに弱みをつけ込まれて、好きでもないおれとつき合うことになったのだから。
「あたしは、しないよ」
「じゃあいいじゃん」
そう言っても、美久はどこか迷いを抱いているのが表情からわかる。
なにかを言おうとしているのか、口が小さく動く。けれど言葉にはしない。
「おれは、美久が好きだから、つき合っていたい」
なるべく自然に〝好き〟を口にする。
こういうのは伝えたほうがいい、と美久との交換日記でわかったことだ。
「……でも」
「まあ、信じられないよな、すぐには」
はは、と笑ってみせると、美久は顔を歪ませる。今にも泣きだしそうに目を潤ませて「なんで」とか細い声で呟いた。
「なんでって言われてもな」